出生数70万人割れの衝撃

「人口減」を前提に社会を再起動するには?

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本日、厚生労働省が公表した人口動態統計により、日本の出生数が遂に70万人を割り込んだ(68万6,061人)ことが明らかになりました。(参照リンク:厚生労働省:令和6年(2024)人口動態統計月報年計(概数)の概況

私の生まれた1973年(第二次ベビーブーム)の209万人と比べると3分の1、第一次ベビーブームの1949年(約270万人)と比べるとおよそ4分の1しか子どもが生まれていない計算になります。

出生数の減少は、もはや一時的なトレンドではなく、構造的かつ不可逆的なフェーズに突入しています。少子化はもう何十年も前から懸念されていました。政府は「対策」を打ってきたはずです。しかし、私たちが今目の当たりにしているのは、その対策が功を奏していない、という現実です。

この厳しい現実を前にして、私たちは「どうすれば出生数を回復できるか?」という問いを一旦脇に置かなければならないかもしれません。

代わりに必要なのは、「人口が減ることを前提に、どう希望ある社会を築くか?」という問いになります。

70万人を割り込んだことは、単なる統計的な事実でははなく、「人口再生産という社会のエンジンが止まった」ことを示す、構造的・文明的な転換点なのです。

出生数の推移:ついに70万人を割り込む

まずは、この問題がどれほど深刻なペースで進んでいるかを、数字で確認しておきます。

(年 / 出生数(概数) / 備考)
2005年 / 106万人 / 110万人を下回る
2016年 / 98万人 / 100万人を下回る
2019年 / 86万人 / 90万人を下回る
2022年 / 77万人 / 80万人を下回る
2023年 / 約73万人 / 過去最少を更新
2024年 / 70万人未満 / 速報値・さらに過去最少を更新

この約20年間で、出生数は約36万人減少しており、実に3分の1以上が消失したことになります。特にここ5年間の減少幅は大きく、正に「加速度的な減少」という表現が相応しい状況です。

統計的に見た未来:このままだとどうなる?

未来を予測するには、現状のトレンドを「数理モデル」として読み解く必要があります。以下では、簡易的な指数関数モデルを用いて、出生数の将来推計を行ってみます。

○ 前提条件

  • 2024年の出生数=70万人とする(B₀=70)
  • 毎年の出生数減少率を3%と仮定(韓国のような急減を避けた、やや控えめな前提:r=0.97
  • 将来の出生数:B(t)=B₀×r^t

この式に基づいて計算すると、以下のような未来が見えてきます。

(年 / 推計出生数・万人)
2025年 / 約67.9万人
2030年約58.2万人
2040年約43.0万人
2050年約31.9万人

つまり、2050年には1学年30万人台を割り込むレベルまで低下する可能性が極めて高いのです。

すでに起きている未来:韓国という“鏡”

このような未来は、決して突飛なシミュレーションではありません。すでに隣国・韓国が経験している事実です(2023年の指数を用いています)。

  • 出生数
    日本:約73万人
    韓国:約23万人
  • 合計特殊出生率(TFR)*
    日本:1.20
    韓国:0.72(世界最低)
  • 合計人口
    日本:約1.24億人
    韓国:約5,200万人

韓国は、出生数が20万人台に突入し、TFRは世界最低を記録。日本もこの未来に向かって“静かに落下”している可能性があるのです。

*合計特殊出生率(TFR)=15歳から49歳までの女性が生涯に産む子どもの平均数を表す指標

なぜここまで悪化したのか?構造的な「加速装置」

ここまでくると、単なる「個人の選択」や「若者の価値観の変化」では説明しきれません。以下のような複合的な構造要因が、加速度的な出生数減少を引き起こしていると考えます。

  • 出産適齢人口の減少:1990年代の少子化の“しっぺ返し”
  • 若年層の所得・雇用不安:非正規増加、将来への希望喪失
  • 高コスト構造:住宅・教育・保育コストの重さ
  • 非婚・無子志向:結婚や出産が「必須でない」時代へ
  • 政策の場当たり性:長期的な一貫性・覚悟のなさ

これはもはや「個人の自由意思の集積」ではなく、社会設計全体の失敗と言えるのではないでしょうか。

政策の“手遅れ感”と、“転ばぬ先の杖”の発想転換

90年代からずっと「少子化対策」は唱えられてきました。それでもこれほど深刻な局面に至った理由は何なのでしょうか?

● 日本型政策の構造的欠陥(病理)

1. 対処療法中心
問題が顕在化され、世論が騒がない限り動かない。予測ベースの改革は「勇み足」「空振り」と見なされ敬遠される。

2. 政治的インセンティブの欠如
未来のための痛みを伴う改革は、短期的な得票につながらない。結果として「見送り」や「小手先対応」が続く。

3. 縦割り構造の弊害
少子化=厚労省、教育=文科省、都市政策=国交省…と所管が分かれており、横断的・統合的な解決の視野が持てていない。

4. “過去”に縛られる政策思考
20世紀型の「人口=経済成長」「家庭=男女分業」「年齢=能力」という前提を引きずり過ぎている。

これでは、「未来に備える政策」ではなく、「過去を引きずる政策」しか生まれません。こうした結果として生まれたのが、経路依存性に陥った“過去の常識を延命するだけの政策”なのです。

Backcasting:未来から逆算する社会設計へ

こうした状況を打開するには、“Backcasting”という思考の転換が求められます。Backcastingとは、「こうありたい未来」から逆算して、いま取るべき行動を決めるアプローチのことで、これまでのように、「現状の延長線上に未来がある」と考えるForecastingとは対照的なものです。

● たとえば、2050年の未来を想定してみる

  • 出生数:30万人台
  • TFR:0.9前後
  • 平均寿命:100歳に迫る(健康寿命も大幅に延伸)
  • AI・ロボット:日常生活と経済の根幹を支える存在に
  • 労働市場:年齢や雇用形態で区切らない“貢献ベース”へ移行

ここに、レイ・カーツワイルが提唱する未来像を重ね合わせてみます。彼は「テクノロジーが生物学を凌駕する時代が来る」と予測し、2029年には「死の克服」が始まり、2045年には人間の寿命がほぼ無限に近づくと主張しています。

このような未来を前提にすれば、「少子化=終わり」ではなくなります。むしろ「高齢者が数百歳まで活躍する創造的社会」をどう設計するか、が問われてくるのです。

● 再設計すべき領域(Backcasting的発想)

  • 労働市場:年齢で区切らず、「知的資本・創造性・貢献」で評価する市場設計
  • 教育制度:70代からの再入学・再起業も当たり前にする“生涯知性社会”
  • 都市設計:高齢者・子育て・学生が混在する“世代共創型コミュニティ”
  • 社会保障:「高齢者=支えられる人」ではなく、「支える・創る存在」として再定義
  • イノベーション戦略:“シニア発スタートアップ”支援制度の創設
  • ナラティブ:「人口が減っても希望がある社会」を共有する新しい物語の創出

水平思考で考える:減少を恐れず、再構築する

出生数の減少という現象は、避けがたい現実であると同時に、私たちに思考の拡張を促す契機でもあります。以下は、そのための“水平思考”(ラテラルシンキング)のヒントです。

  • 人口=多ければよい、という発想をやめる
  • 「減っても生きられる」社会デザインへの転換
  • 少ない子どもを社会全体で育てる共同養育コミュニティや世代混在の街づくり
  • 人生100年超え時代を“後半戦の創造”として捉え、70代・80代での再起業や再学習を普及

「意味」の時代へ

かつて私たちは、「数を増やすこと」が豊かさであり、未来を築く手段だと信じてきました。しかし、最早そのナラティブは終わりを迎えています。出生数の急減は、単なる統計的現象ではありません。それは、未来のつくり方そのものを問い直すタイミングを私たちに与えているのです。

人類は長らく、「増えること」で世界を拡げてきました。しかしこれからは、「減る」という現象にどんな意味を与えるかが、新たな創造の原点になっていきます。それは“縮小の時代”ではなく、“精緻化と再構築の時代”です。希望とは、数の大小に宿るのではなく、それをどう意味づけるかというナラティブにこそ宿るはずです。

「数」の時代が終わった今、私たちは、「意味」と「希望」の設計者としての役割を、再び取り戻さなければなりません。

BBDF 藤本