長文を正しく読解することができない人の増加が問題視されています。国立情報学研究所社会共有知研究センター長である新井紀子さんの調査・研究によると、「ただ文字を追う」ことはできても、「内容を理解して読み解く」力が十分でない人が多く、大人(会社員等)でも、「教科書や新聞が書いてある内容を読み解けていない」ケースが多いことが分かっています(参考Amazonリンク:新井紀子著「シン読解力: 学力と人生を決めるもうひとつの読み方」)
また、ニュースや記事に関しても、タイトルを見ただけで(内容を読まずに)わかった気になる傾向が強まっており、例えば、Facebook上でシェアされたニュース記事の約75%は、リンクをクリックされずにタイトルだけでシェアされていたという調査結果があります(参考リンク:nature human behaviour「Sharing without clicking on news in social media」)。更には、SNSでは「書いていないことを読んでしまう」現象まで増えており、自分の先入観やバイアスに沿って勝手に意味を補完してしまうケースが多いそうです。
更に興味深いのは、政治的に極端な内容ほど「読まずにシェア」されやすいという点です。これは単なる「怠惰」ではなく、人間の脳の仕組みや社会心理に深く関係しています。
なぜ起こる?「読まずにシェア」
これは、以下のようなことがその要因として考えられます。
1. 感情が理性に先行する
強い怒りや快感を呼び起こす情報は、内容を検討する前に「共感」や「拒絶」の反応を誘発します。特にSNSでは、その瞬発的な感情が「シェア」という行動に直結します。
2. 確認バイアスの罠
自分の信じたい物語に合致する見出しを見ると、「これは自分の考えを裏づける証拠だ!」と脳が錯覚します。本文を読む前に安心して拡散してしまうのです。
3. 社会的アイデンティティの表明
シェアは「情報伝達」だけでなく、「私はこの立場に帰属している」というサインでもあります。左派・右派どちらでも、極端な情報はアイデンティティを強くアピールする材料になるため、短絡的に利用されやすいのです。
4. 高齢者層の特性
若者がニュースを「そもそも読まない」のに対し、高齢者層はニュースに触れる習慣はあるが、ネットリテラシーの差から精読せずにシェアする傾向があると指摘されています。結果として、極端な情報が拡散されやすくなります。
また、この問題は、所謂境界知能問題とも密接に絡んでいます(参考リンク:さくよみ編集部note「SNS利用と知能レベル: 境界知能者の挑戦」)が、今回は敢えて考慮から外します。
何が問題なのか
こうした「読まずにシェア」が積み重なると、事実や根拠よりも“感情のエコーチェンバー”が形成されていきます。それによって社会の分断は深まり、冷静な議論の余地が狭まっていきます。これは、非常に深刻な問題であり、Metacrisis的な状況とすら言えるかもしれません(ブログ内参考リンク:「注目すべき『3大危機』」)。
どうすれば改善できるか
教育によって読解力を底上げすることが不可欠でしょう。しかし、それには時間がかかります。そこで、もっと即効性があり、私たち一人ひとりがすぐに実践できる工夫を考えてみます。
1. 「読む」習慣を小さく取り戻す
いきなり分厚い本を読む必要はありません。1日1記事でもよいので、見出しだけでなく「全文を読む」ことを意識するだけで、情報に対する姿勢は変わっていきます。特に紙の本や新聞など、集中できる媒体に触れることは有効です。(ブログ内参考リンク:「紙の本は、なぜ『頭に入る』のか?」)
2. メタ認知を働かせる
タイトルや見出しを見て心がざわついたとき、「自分はいま感情で判断していないか?」と一呼吸置く習慣を持つことが大切です。また、シェアする前に「自分は本文を読んだか?」と自問するだけでも、行動は変わります。(ブログ内参考リンク:「問い続ける者だけが、AI時代を生き抜ける~SNSとメタ認知の本質的関係」)
3. 「精読の場」を確保する
朝や夜など、スマホを触らない時間をあえてつくり、まとまった文章を読むことを習慣にすることが大切です(デジタルデトックス的な意味でも)。組織や学校単位でも、「紙で読む」「声に出して読む」といった活動を取り入れることで、精読の習慣は養いやすくなります。
4. SNS設計の工夫(プラットフォーム側の対応)
実際にTwitter(現X)では「記事を開かずにリツイートしようとすると“本文を読みますか?”と確認する機能」が試験導入されました。こうした仕組みが広がれば、「読まずにシェア」を減らせる可能性があります。Facebookなど他のSNSでも同様の工夫が望まれます。
5. 中間媒体の強化
ニュースレターやポッドキャストなど、短文と長文の間にある媒体に触れることも、「深い読解」への橋渡しになります。いきなり本を手に取るのが難しくても、「5分で読める解説記事」や「要約付き記事」から始めれば、負担なく習慣化できるはずです。
「読まずにシェア」は、事実よりも感情を拡散させることで、社会の分断を深めます。この傾向が近年強まっており、私はそれを大変危惧しているのです。
しかし、一人ひとりが少し意識を変えるだけで、この流れを緩やかに修正することは可能です。
「立ち止まって読む」。「自分の感情をメタ認知する」。教育の成果を待つだけでなく、私たち自身が今日からできる小さな工夫を積み重ねることこそ、情報社会を健全に保つための第一歩になるのではないでしょうか。
BBDF 藤本