アルゴリズムがつくる「思考の檻」
近年、日本のある新興政党を支持するSNSユーザーの一部において、極めて過激な発言や他者への攻撃的姿勢が問題視されています。その多くは高齢者層と見られ、SNS上で独自の「情報空間」を形成しており、その言動は一種の“信者化”とも言える様相を呈しています。
この現象の背後にあるのが、SNSプラットフォームに内在するアルゴリズムによる「エコーチェンバー」や「フィルターバブル」のメカニズムです。
- エコーチェンバー(echo chamber):自分と似た意見しか可視化されず、同調と強化のサイクルによって思想が先鋭化する構造。
- フィルターバブル(filter bubble):検索履歴やクリック傾向に基づいて、AIアルゴリズムが“好みの情報”のみを提示する現象。
これらの構造は、SNS利用者の情報視野を狭め、「自分が正しく、他者は間違っている」という認知バイアスを強化します。特に高齢層では、情報リテラシーが相対的に低く、こうしたアルゴリズムに無自覚なまま巻き込まれやすいと考えられます。
メタ認知の低下とその背景
このような思想の硬直化や過激化に共通してみられるのが、「メタ認知(metacognition)」能力の欠如です。
「メタ認知」とは、「自分が今、何をどう考えているか」を一段上の視点から客観的に見つめる力のことです。語源的には、ギリシャ語の「meta-(上位の、超えた)」+「cognition(認知)」に由来し、思考を思考する力、自分の認知を自分でモニタリングし調整する能力を指します。
特に問題となるのは、以下の3つの要因が複合的にメタ認知の低下を引き起こしている点です。
①アルゴリズムによる認知の一方向化
SNSの構造により、自己の信念が常に肯定され続けると、他者視点や反論に触れる機会が減少します。これが、「自分の思考を疑う」という行為そのものを喪失させるのです。
②自己同一化とアイデンティティの固定化
高齢層においては、「自己の世界観と一致する政治的主張」に強く同一化する傾向があり、その“信念体系”を否定されることが自己否定と等価になります。このような構造では、思考を相対化するメタ認知が働きにくくなります。
③加齢によるメタ認知機能の自然な衰退
研究によれば、加齢に伴い前頭前野の機能が低下することが、自己モニタリング能力や認知制御力の低下をもたらすとされています(*1)。加えて、高齢者は内省的判断(metacognitive monitoring)の正確性が低くなる傾向にあることが報告されています(*2)。
AI時代に求められる「メタ認知」という知性
AIが加速度的に進化し、情報の検索・分析・提案・生成まで自動で行える時代に突入しました。このような時代において、人間に求められるのは「知識量」や「計算能力」ではなく、“
自分の考え方そのものを疑い、再構成する力”、すなわちメタ認知能力です。
たとえば、AIが提示した答えが正しいかを評価し、必要であれば別の観点から問い直すといった思考は、AIには困難であり、人間特有の能力とされています。
教育学でも、「深い学び(deep learning)」や「21世紀型スキル」の中心としてメタ認知が重視されています(*3)。
私たちはどうすればメタ認知を高められるか?
では、SNSに流されず、AIに依存しすぎず、自分の思考を保ち続けるにはどうすればよいのでしょうか。以下にいくつかの実践的アプローチを考えてみます。
■日々の内省習慣
毎日の行動や判断を「なぜ自分はそうしたのか?」と振り返る習慣が、自己理解を深めます。「日記を書く(ジャーナリング)」「メモで思考を見える化する」などが効果的でしょう。就寝前のSNS時間をそれらに充てるのが有効ではないでしょうか。
■異なる意見・立場に意識的に触れる
自分と反対の立場にある人の意見や資料をあえて読むことで、「思考の硬直」を避け、他者視点を取り戻す訓練になります。イエスマンばかりのエコーチェンバーを排除するのです。
■対話とフィードバック
「内省は対話のなかで深まる」という研究もあります(*4)。信頼できる他者と定期的に思考や感情を言語化する場を持つことで、メタ認知が磨かれます。
■認知バイアスを学ぶ
「自分の思考は偏っている可能性がある」と知るだけで、俯瞰する力が鍛えられます。たとえば「確証バイアス」「正常性バイアス」など、自身に潜むバイアスを知ることも一つの入口ではないでしょうか。
こちらのブログも是非ご参照ください。「『貞観政要』に学ぶバイアス排除の必要性」
問い続ける者だけが、AI時代を生き抜ける
SNSが作り出す快適な“情報の温室”と、AIが提示する“都合のいい正解”。その両者に思考を委ねることは、自由であるように見えて、実は「思考の停止」に近づいているのだと考えます。
メタ認知とは、自分の思考に“距離”を取る能力だと言えます。今、この時代に必要なのは、「その情報、本当に信じていいのか?」と、自分自身に問いかけ続ける、静かな勇気なのかもしれません。
BBDF 藤本
(*1)アメリカの発達心理学者・神経科学者フィリップ・D・ゼラゾ博士らのの論文「Executive function across the life span」(2004年)では、実行機能(Executive Function, EF)の発達と加齢による変化について、児童(平均年齢8.8歳)、若年成人(平均22.3歳)、高齢成人(平均71.1歳)を対象に検討しています。その結果、EFのパフォーマンスは年齢とともに上昇し、若年成人期にピークを迎えた後、高齢期に低下するという逆U字型のパターンを示すことが明らかになりました。また、意識的な記憶の要素(conscious recollection component, C)も同様のパターンを示し、視覚的なソーティング課題におけるパフォーマンスの変動は、意識的な記憶の推定値によって説明されることが示されました。
(*2)米ワシントン大学教授であるトッド・S・ブレイヴァー博士(心理学・脳科学)らの論文「Context processing in older adults: Evidence for a theory relating cognitive control to neurobiology in aging」(2001年)では、健康な高齢者が文脈処理(context processing)の障害により、注意、抑制、作業記憶などの認知制御機能に影響を受ける可能性があることを示しています。また、これらの認知的障害が、前頭前皮質におけるドーパミン系の機能低下と関連しているという理論を提案しています。研究では、若年成人(N = 175)と高齢成人(N = 81)を対象に、文脈処理の要求が異なる認知制御課題を実施し、モデルの予測と一致する行動パターンが観察されました。
(*3)「OECDラーニングコンパス2030」では、「スキル」を以下の3種類に分類しています。「認知的・メタ認知的スキル」、「社会的・感情的スキル」、そして「実践的・身体的スキル」。また、こちらのOECD文書では、メタ認知的スキルの重要性について「私たちは、教育の主要な目標の一つは、メタラーニング技能を備えた適応力のある学習者を育成することであるべきだと提案します。」と言及されています。
(*4)米ハーバード大のロバート・キーガン教授とリサ・ラスコウ・レイヒー教授の著書「How the Way We Talk Can Change the Way We Work」では、私たちが日常的に用いる言語が、変化を促進することもあれば阻害することもあると指摘しています。この書籍は、個人の自己変革や組織の文化改革に関心のある方々にとって、実践的かつ洞察に富んだガイドとなるでしょう。特に、メタ認知や自己反省を通じて持続的な変化を目指す教育者、リーダー、コーチ、ファシリテーターにとって有益な内容が詰まっています。