注目すべき「3大危機」

Polycrisis/Metacrisis/Permacrisisを読み解く

· Insights,Social Issues

BANIフレームについて

先の読めない時代を表す「VUCA」~Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)~の概念は、既に日本でも定着していますが、「BANI」~Brittle(脆弱)、Anxious(不安)、Nonlinear(非線形)、Incomprehensible(理解不能)のアクロニム~は、あまり話題に上りません。

VUCAの次の時代を捉えるフレームワークとして、世界中で注目されている概念です。来月米国で発売される『Navigating the Age of Chaos』は、BANI概念の実践的な解説書として注目されています。BANIに関しては、こちらのパーソル総合研究所の解説が大変わかりやすいので、ぜひお読みください(参考リンク:パーソル総合研究所「BANI(バニ)とは?―BANIから見えるVUCAとは違う世界」)。

『Navigating the Age of Chaos』の著者は、このBANIという概念の提唱者でもある米国の未来学者Jamais Cascio(ジャメイ・カシオ)氏(参考リンク:Jamais Cascio Open the Future)で、彼は2018年からこの概念を唱えています。実は、Cascio氏には色々と聞きたいことがあり、連絡を取ろうと試みているのですが、まだお返事がもらえていません(笑)。いずれにせよ、VUCAを超えるカオスの時代に世界が突入していることは明白ですから、来月出る彼の書籍が楽しみです。

BANIは、現代というこのカオスな状況に意味づけをし、行動に転換させる、時代を生き抜くために今後必須となる概念と言えます。

早く気づくべき「3大クライシス概念」

このように、日本ではまだ十分に共有されていない重要な概念は、他にも存在します。例えば、私自身が便宜的に「3大危機(クライシス概念)」と呼び、整理しているのが、Polycrisis(多重危機)、Metacrisis(超危機)、Permacrisis(永続危機) の3つです。いずれも現代社会を理解する上で不可欠なキーワードだと考えているものです。折角なので、整理しておきます。

1. Polycrisis(多重危機)

イギリス出身の経済史家Adam Tooze(アダム・トゥーズ)コロンビア大教授らが国際政治経済の文脈で提唱し、注目されている概念ですが、もともとはフランスの社会学者Edgar Morin(エドガール・モラン)氏が70年代に使った表現だと言われています。

意味としては、複数の危機(気候変動・戦争・金融・エネルギーなど)が同時に発生し、互いに影響し合って悪化していく状態のこと。例えば…

ウクライナ戦争の勃発は、まずヨーロッパを中心に深刻なエネルギー危機を引き起こした。
→ロシアからの天然ガス供給が途絶え、各国は代替調達を迫られ、エネルギー価格が高騰した。
→その余波は産業活動や物流コストの上昇につながり、やがてインフレ(物価高)として世界経済を直撃した。
→生活費の高騰は国民の不満を招き、各国政府への不信を増幅させ、結果として政情不安やポピュリズムの台頭を加速させていった。

…このような、危機が一つで終わらずに、次々と連鎖して拡大する、リスク同士が増幅する状態のことです。

2. Metacrisis(超危機・文明的危機)

Metacrisisは、「個別の危機が重なる」Polycrisisを超えて、社会や文明の根幹システム自体が揺らぐような危機を指します。アメリカ(ドイツ出身?)の社会哲学者Daniel Schmachtenberger(ダニエル・シュマッヒテンバーガー)氏を中心とするグループにより提唱された概念です。

例えば、SNSや動画プラットフォームでフェイクニュースや陰謀論が急速に拡散することで、人々の間に情報への不信感が広がり、その結果、公共の議論が分断され、民主主義の基盤である合意形成の仕組みが機能不全に陥ります。そこに加えて、急速に進化するAIやアルゴリズムのブラックボックス化が事態をさらに悪化させ、社会全体の信頼の基盤そのものが崩れ落ちていく――このような、危機が単なる足し算では終わらず、基盤そのものが揺らぎ、文明の存続にかかわってしまうこと。私たち日本人にとっては、もはや全く他人事ではないのではないでしょうか。

3. Permacrisis(永続危機)

この言葉は、イギリスのCollins英語辞典が2022年の「Word of the Year(今年の言葉)」に選んだことで世界的に注目されました。

この危機の恐ろしさは、危機が断続的ではなく、次々と重なって“普通の状態”になってしまうことです。

パンデミックが収束に向かうと、人々はようやく日常を取り戻せると期待しました。しかし、その直後にロシアによるウクライナ侵攻が始まり、世界は地政学リスクと安全保障の危機に巻き込まれました。戦争はエネルギー価格の急騰を招き、各国の経済にインフレと生活費の高騰という新たな打撃を与え、更に気候変動による大規模災害が頻発し、社会の回復力を試す状況が続きました。

人々は「ひとつの危機が収まれば次の危機が訪れる」という絶え間ないサイクルに翻弄され、もはや「平穏な日常」が戻る兆しを見失いつつあります。こうして現代社会は、危機が例外ではなく常態化した“永続危機”の時代へと足を踏み入れているのです。

日本でも注目すべき理由

これらは、日本でこそ注目されるべき概念です。それは、少子高齢化・財政リスク・地政学的リスクなどを抱えている日本社会において、我々がこれらの概念(3大クライシス)の影響を強く受ける可能性が高いからに他なりません。にもかかわらず、日本では「単一の危機」ばかりに注目しがちで、複合性・構造的性質を捉える視点が欠けています。なぜ複合危機の視点を持ちにくいのでしょうか?考えられるのは次のような理由でしょう。

① メディア構造の影響

日本のニュースは「事件→原因→対策」という単線型ストーリーで伝える傾向が強く、複数要因が相互に絡み合う「システムとしての危機」は扱いません。結果として「円安問題」「地震」「少子化」とテーマごとに縦割りで報じられがちです。それに慣れ過ぎてしまったのではないでしょうか。

② 政策・行政の縦割り

「省庁ごとの管轄」による縦割りが強い日本の行政の影響もある気がします。環境省は気候問題、財務省は経済、厚労省は少子高齢化…といった感じで、問題が複合的に絡み合っていても「担当外」として切り分けられるのです。そのような状況が続くと、横断的に全体像を見る視点が弱くなるのは当然でしょう。

③ 台風のせい(?)

毎年台風が被害を及ぼしますが、「台風一過」という言葉があるように、日本人は「危機」を「単独イベント」として捉えやすい傾向があるような気がします。「変化は一時的で、また安定に戻る」という前提で考えてしまいがちというか。戦後から見事に復興したこととも関係があるかもしれません。いずれにせよ、「構造的に危機が常態化する」という発想は、日本人の「均衡を求める思考」と相性が悪いのです。

④ 教育とリテラシーの問題

学校教育では「因果関係は一対一」で説明されることが多く、複雑系・システム思考・非線形思考はあまり教えられていません。そのため「複合的に危機が絡む」という思考スタイル自体が育ちにくいのではないでしょうか。

⑤ リーダーシップ/マネジメントの慣習

日本企業には「前例踏襲」や「問題が起きたら応急処置」の文化が強く存在します。危機をシステム全体の問題として再設計するよりも、個別課題ごとに小手先で対応する習慣が定着しています。この影響は確実に大きいと言えるでしょう。

…これらが重なり、日本人は「複合危機」を扱う視点が欠けがちになっているのです。今回の3大危機(Polycrisis/Metacrisis/Permacrisis)をきちんと知ることは、未来を冷静に見通す第一歩になるかもしれません。

フレームを学び、混沌の時代を生きる

VUCAがビジネスフレームとして広まったように、次に押さえておくべきはBANI、そしてこの「3大クライシス概念」であると考えています。

日本のメディアや教育ではまだ十分に紹介されていません。今こそ個人も企業も、こうしたフレームを積極的に学び、混沌の時代を生き抜くべきではないでしょうか。

次回は、「3大危機」への具体的な対応策や、企業・個人がどう備えるべきかについて考察してみようと思っています。

BBDF 藤本