AI導入はなぜPoCで失敗するのか?

MITレポートと従業員心理から考える「余剰労働力活用戦略」

· Insights,Business

昨日、Forbes Japanに「MIT報告書が『AIは失敗している』と指摘、だが測定方法が間違っているとしたら?」という記事が掲載されていました(参考リンク:Forbes Japan ※米本誌への原文掲載は先月末)。記事は、マサチューセッツ工科大学(MIT)の「GenAI Divide」レポートを取り上げています(参考リンク:MIT The GenAI Divide STATE OF AI IN BUSINESS 2025)。同レポートでは、生成AIのパイロットプロジェクトの95%が有意な成果を出せなかったという驚くべき結果が報告されています。

一見すると「AIブームは空振りに終わるのではないか」という印象を与えます。しかし本当にそうでしょうか。私はこの問題を、「測定指標の歪み」と「従業員の心理」の2つの視点から読み解く必要があると考えます(前者はForbes記事の主張と被っています)。

PoCが失敗する本当の理由

まず押さえておかなければならないのは、「AIが普及したら自分がクビになる」という不安が、従業員の中に根強く存在するという現実です。

このような不安(恐怖と言っても良いかもしれません)がある状態でPoC(概念実証)を実施すればどうなるか。言うまでもなく、従業員は「AIは役立ちませんでした」という結果を出した方が自分の雇用を守れると感じ、無意識に協力しなくなります。結果、「大した成果は出ませんでした」という報告が積み重なり、95%という“とんでもない失敗率”が生まれてしまうのです。

つまり、PoCの失敗はAI技術の未熟さではなく、「AI導入=リストラ」という誤った物語設計による組織的サボタージュの結果とも言えるのです。

見過ごされる「シャドーAI」の成果

Forbes記事でも指摘されているように、公式プロジェクトでは成果が出ていなくても、実際には従業員が自主的にChatGPTやCopilotを使い、生産性を高めているケースが数多く存在します。これを「シャドーAI」と呼びます。

MITの調査によれば、従業員が日常業務で非公式にAIを使い始めることで、メール作成や文書要約の効率化、アイデアのブレインストーミング、煩雑なバックオフィス業務の自動化といった“小さな成功”が積み重なっているのです。

これはクラウドが普及したときと同じ現象です。最初にAWSを使ったのはCIOの指示ではなく、現場のエンジニアたちでした。AIもそれと同じく、トップダウンのPoCからではなく、ボトムアップの小さな実験から革命が始まっているのです。

本当に問うべきこと

ここで重要なのは、「AIによって削減される労働時間や人材をどうするつもりなのか」ということです。

「余剰労働=リストラ」として処理する会社の意向を感じ取った瞬間、従業員はAIに背を向け、PoCは失敗に終わります。逆に「余剰労働=新しい事業や価値創造のための資源」として活用することが企業が明言できれば、従業員はAIを前向きに受け入れます。

活用の方向性例

  • 新規事業の創出:AIで浮いたリソースを新規市場の開発やイノベーションに再投資する。
  • 未対応領域の強化:顧客サポートや地域社会との関係構築など、人間ならではの仕事に人材を再配置する。
  • 個人の成長投資:AIが代替できない領域(クリエイティビティ、関係性、哲学的思考)に人材育成の機会を与える。

これらの転換がない限り、AI導入は今回のように「成果が出ない」という表層的な失敗に終わるのです。よく考えたら、当然のことですが。

企業への示唆

MITの報告書とForbesの記事は、私たちに大きな教訓を与えています。

PoC失敗の背景には「AI=リストラ」という物語があったと推測されます。AI導入の成否は“技術”ではなく“人間心理”にこそある、つまり、「余剰労働力を新たな成長の燃料に変えられる企業だけが成功する」のです。

真のAI革命は「何人解雇できたか」ではなく、「解放された人材をどう活かして新しい価値を生み出したか」で測るべきです。

AI導入に必要な視点

AIは失敗していません。私たちの「測定の仕方」と「導入の物語」が間違っているのです。

これからの企業に求められるのは、AIによって浮いたリソースを恐怖ではなく希望に変え、「余剰労働力=未来への投資資源」として再設計することです。PoCを成功に導く鍵は、AIのアルゴリズムではなく、経営者が描く「人間とAIの共進戦略」にこそあるのです。

このようなレポートに神経を尖らせる経営幹部や、ますます懐疑的になる投資家や、AIブーム後の物語を書き始めている評論家たち(すべてForbes記事内の表現)は、“失敗”の定義をアップデートする必要があります。物語の前提を疑い、AIの導入を“人間の成長戦略”として捉え直さなければなりません。

AIは人を減らす道具ではなく、人の可能性を広げるパートナーです。その視点を持てる企業だけが、次の時代をリードすることになるでしょう。

BBDF 藤本