“リズミック・ワーク”という新しい働き方の提案

AI時代、人間に必要なのは「止まる設計」だ

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人生には、音楽が必要だ。
働き方には、リズムが必要だ。

にもかかわらず、私たちは長らく「止まらずに働き続けること」を美徳としてきました。結果として何が起きたでしょうか?

――生産性の向上ではなく、低下。そして、純粋な疲弊。

AI時代だからこそ、この“止まらない働き方”は、限界に来ているように見えます。

予測が意味を失い始めた時代

今月参加した別府湾会議での、GenesisAI今井さんの話が忘れられません。AIの進化スピードに関する話です。

「5年後にAIは何ができるようになっているか」という問いに対して予測を語ると、それが1年後にはすでに実装されていたり、下手をすると数日後に突然現れたりするそうです。

今井さんは、「こうして話している間にも、画期的な発明が起きている可能性がある」とまで語っていました。

年末年始になると、毎年のように「来年はこうなる」といった識者の予測が並びます。しかし、AIの進化がここまで急進化すると、短期的な未来予測そのものが、あまり意味を持たなくなりつつあるのではないでしょうか。

重要なのは、「どうなるか」を言い当てることではありません。「どうありたいか」「どうしたいか」という希望を語ることです。BANIの時代においては、予測が不確実だからこそ、価値観や希望が“意思決定の軸”になります。予測に「希望」が混ざらなければ、議論は近視眼的で、不毛なものになってしまいます。

未来の働き方をめぐる、3つの前提

ここから先の予測は、正確性を競う話ではありません。不確実な未来に対して、どのような働き方を望むのかという思考の実験です。

その前提として、ほぼ確実に起こると考えられる現象を3つ挙げます。

① 仕事の陳腐化と、リスキリングの常態化

AIの進化により、既存の仕事は次々となくなります。同時に、新しい仕事も次々と生まれます。そうすると、何が起きるでしょうか。

リスキリングが「一度きりのイベント」ではなく、「常態」と化します。身につけた知識や技術は、あっという間にAIに代替され、陳腐化します。1年後には再び学び直す、というサイクルが当たり前になるでしょう。

企業も同様です。AI経営や人的資本経営に適応できない企業は淘汰され、思考の柔軟なスタートアップが次々と生まれるでしょう。

② 寿命の延伸と、「働く前提」の崩壊

医療技術や医薬の進化により、寿命は確実に延び続けます。一部では、AGIの登場以降、寿命が1年に1歳ずつ延びるという大胆な仮説も語られています。

仮に人生が数百年スパンになるとしたら、「60歳で引退」「70歳で年金受給」という前提は完全に崩れます。

100歳でも、200歳、300歳でも働くことが普通になる――そうでなければ、社会の仕組みそのものが維持できません。

③ 「人間ならではの能力」の再定義

AIと人間は対立する存在ではありません。それぞれの持ち味を活かし、協力して進化する――いわゆる「人間×AI共進化」がこれからの前提になります。

このとき、人間の「頭の良さ」の定義は大きく変わります。速く答えを出す力、情報を処理する力は、AIに委ねられます。

人間に残されるのは、時間をかけ、答えのない問いを考える力です。身体性を伴う行為や、内省、哲学。

現代人は「仕事で忙しい」を理由に、「考えること」を放棄しつつあります。働くことを自分のアイデンティティと同一視しているからです。しかし、AIが労働を代替する時代において、人間は「考えること」に必然的に回帰していかざるを得ません。

これら3つの変化に共通しているのは、「人間が立ち止まる時間を必要とする」という点です。

仕事が陳腐化するなら、学び直しのための時間が要る。
寿命が延びるなら、長い人生の方向性を何度も問い直す時間が要る。
そして、人間ならではの能力が内省や思索にあるのなら、それを行うための“止まる時間”が不可欠になる。

要するに、未来の働き方は「止まること」を前提に設計しなければ成立しないのです。

「止まらない働き方」が、人を壊してきた

これら3つを統合すると、ひとつの問題が浮かび上がります。人間は、ずっと同じ強度・同じテンポで働き続けることに耐えられないという事実です。

心拍、呼吸、睡眠、集中と散漫、そして創造と停滞……人間の身体も思考も、実は「リズム」でできています。

にもかかわらず、働き方だけが「ノンストップ」を強いられてきました。現代の働き方は、ずっと同じテンポ、ずっと同じ強度……要するに、ずっとフォルティッシモで演奏することを美徳としてしまっています。

これは生物として無理があります。疲弊するのは、当然です。

“リズミック・ワーク”という断続的な働き方の提案

そこで提案したいのが、「働かない(止まる)」期間を組み込んだ「リズミック・ワーク(Rhythmic Work)」という新しい働き方です。

ここで言う「働かない(止まる)」とは、決して休暇や遊びの延長ではありません。

「働く」
「学ぶ」
「内省する」

その強度とテンポ、間(ま)を、意図的に切り替えることです。「さらに働くために、あえて止まる」「深く考るために、あえて離れる」という設計思想です。

知識やスキルを身につけて働く。

それが陳腐化する。

一度立ち止まり、内省する。そして、新たな知識・スキルを学ぶ。

再び働く。

また陳腐化する。

再び立ち止まる……

この循環を前提として組み込んだ働き方。それが「リズミック・ワーク」です。従来の働き方が“直線的”だとすれば、リズミック・ワークは“循環的”。休符のない曲がただのノイズであるように、間のない働き方は破綻します。

繰り返しますが、「止まる」行為は休暇や遊びではなく、内省を伴う「思考の期間」です。それは時に「働く」よりも遥かに厳しい経験となるでしょう。そして、それなしに人間は次の「働く」へ進めなくなります。AIとの共存関係において、「意味づけ」なしに働くだけの人間は、単なる「AIに使われる存在」でしかなくなります。

人生が長くなるほど、「止まる設計」が必要に

人生が70年〜100年であれば、「働き続ける」モデルもかろうじて成立していました。しかし、AIがさらに進化し、人生が数百年になるなら、そのモデルは完全に破綻します。

人生のあいだに何度も学び直し、立ち止まり、方向を問い直す……そうした時間が人間には必要になります。

止まることは甘えではありません。次に働くための準備であり、人生に意味を与える行為です。そしてこのような働き方は、実は新しい話ではない。

  • 多くの大学にはサバティカル制度(一定期間、教育・管理業務から完全に離れる制度)があります。
  • 優れた芸術家ほど、制作していない時間が長く、沈黙もまた創作の一部という感覚が共有されています。
  • アリストテレスが体系化した「テオリア」は、役に立つかどうかを問わず、ただ「見る/観照する」ことです。そのテオリアがなければ、プラクシス(実践)は必ず誤った方向に加速すると言われています。

要するに「止まる時間」は、生や仕事を成立させるために本来必須の“構成要素”なのです。

AI時代における、人間の差別化

AIは休みません。疲れません。リズムを必要ともしません。だからこそ、人間は逆を行く必要があります。

「立ち止まる」
「問い直す」
「意味を再構築する」

リズムを持つことそのものが、AIとの差別化、つまりは人間の存在意義になります。

AIがもたらす最大の変化は、働かなくてよくなることではありません。考える時間と、立ち止まる正当性を、すべての人が取り戻せることです。

AI時代の労働キーワード=リズム。

働き方にリズムを取り戻すこと。それは効率化ではなく、人間性の回復です。AI時代に必要なのは、止まらない設計ではなく、「止まることを前提にした設計」です。

リズムのない働き方や人生は、いずれ人を壊します。これからの人間には「リズミック・ワーク」が必要です。

私たちひとりひとりは、1日の中に「止まる時間」を意図的に設計することから始められます。企業は「内省のための余白」を制度として組み込む必要があるでしょう。

働き方にリズムを取り戻すこと。それは、AI時代の人間が取り戻すべき、もっとも根源的な力なのです。

人間×AI共進化ストラテジスト/HRアーキテクト
藤本英樹(BBDF)