先日、「SWOT」という言葉を久々に耳にしました。これは、1960年代にアメリカのスタンフォード研究所(SRI International)で開発された手法のことで、
- S(Strength):自社の強み
- W(Weakness):自社の弱み
- O(Opportunity):外部機会
- T(Threat):外部脅威
を整理し、「強みを活かし、弱みを補い、機会を捉え、脅威を避ける」という、合理的な意思決定を行うためのフレームワークです。もう70年近くに渡り、世界各国で活躍してきた概念です。
しかし、このSWOT分析、MBO(目標管理制度)同様、現代では「それだけでは通用しない(少なくとも限界がある)」と言われてます。
このことについて、その理由を分析した上で、それに補完する新しい概念を整理・提唱してみたいと思います。
SWOTが現代で通用しなくなった理由
なぜ長年有効であり続けたSWOTがそれだけでは通用しなくなったのか。その理由は明らかで、現代が「BANI」に突入したからです。
SWOTが機能するためには、前提条件がありました。
- 環境がある程度安定していること
- 強み・弱みは持続すること
- 外部環境は予測可能であること
- 因果関係は比較的単純なこと
……これらはまさに、VUCA以前のstatic(静的)な世界観です。つまり、SWOTが単体で機能したのは、VUCA時代まで、ということになるのです。いま、時代はVUCAからBANIへと変化していることを、まずは正しく認識する必要があるでしょう。
<BANI>
- Brittle(脆弱な)
- Anxious(不安な)
- Nonlinear(非線形な)
- Incomprehensible(理解不能な)
SWOTは構造的でわかりやすい概念ですが、dynamic(動的)なBANIの状況下では「予測不可能性」や「複雑性」が高すぎて、単純な4象限では捉えきれないことが多いのです。たとえば、ある「機会(O)」がすぐに「脅威(T)」に変わったり、「強み(S)」が逆に「足かせ(W)」になるような非線形の変化が起きる……それがBANI時代の特徴です。
BANI時代におけるSWOTの限界
BANIの4概念に即して、詳しく見ていきましょう。
① Brittle(脆弱な)世界における、SWOTの限界
SWOTは「強みは活かすもの」という前提に立っています。しかしBANI世界では、成功体験や既存のビジネスモデル(つまり「強さ」)は、ある日突然粉々に砕け散るもの(「脆弱な」)と捉えられます。
「強み」が突然、致命的弱点になってしまう――たとえば、強固な店舗網がパンデミックで一夜にして負債化したり、完璧主義の品質文化がスピード競争で致命傷となったりする――それが、BANI世界です。
→ 一見堅固に見えるシステム(仕組み)が持つ「脆弱さ」を問わない(可視化できない)SWOTでは、現実を捉えることができません。
② Anxious(不安な)世界における、SWOTの限界
SWOTは合理的判断を前提にしていますが、BANIでは不安や恐怖、組織内の萎縮といった要因が意思決定を大きく歪めます。
SWOTには、以下を扱う項目がありません。
- 組織が「怖くて動けない」状態
- 正解が分かっていても踏み出せない心理
- 空気・忖度・沈黙 など
→ 人間の心理を前提としておらず、「感情と不安」を無視してしまうSWOTは、BANI時代の意思決定の最大要因を取りこぼしてしまうことになります。
③ Nonlinear(非線形な)世界における、SWOTの限界
SWOTは暗黙に、「要因A → 結果B」という線形因果を想定しています。
しかしBANI世界では、小さな出来事が連鎖的に拡大したり、異業種の変化が突然直撃したり、予測不能なカスケード(数珠つなぎ)が起きたりします。
たとえば、SNSのちょっとした投稿が株価の下落を招き、結果として採用難につながったりする――つまり因果が跳躍する(不均衡である)世界こそが、BANIです。
→「連鎖」や「跳躍」を描けないSWOTは、「機会(O)」と「脅威(T)」が瞬時に入れ替わる世界には対応できません。
④ Incomprehensible(理解不能な)世界における、SWOTの限界
SWOTは基本的に、分析・言語化・意味づけが可能な情報を前提にしています。
しかしBANI世界では、「なぜそうなるのか」を説明することはできません。AIの判断理由が分からず、市場の反応は意味不明――そのような状況が常態化します。
「分からない」というカテゴリが存在しないSWOTでは、理解不能さを前提にした意思決定ができません。
さらに致命的なSWOTの問題
以上はBANIの4要素に即した分析でしたが、SWOTには、さらに致命的な問題が存在します。それは、「過去の延長線」であるという点です。
SWOTで出てくる強み・弱みの多くは、過去の成功や既存事業、現在の組織能力に基づきます。つまりSWOTは本質的に、「未来を、過去の言葉で説明する仕組み」なのです。
BANI時代に必要なのは、
- 過去を疑う力
- 意味を再定義する力
- 前提そのものを問い直す力
です。前提を問わないSWOTが機能しない最大の理由は、ここにあると言えるでしょう。意思決定や戦略確定、将来予測をSWOTだけで行うのは、BANI時代では危険すぎるのです。
BANI時代に機能する「Cynefin」というフレームワーク
元IBMの研究者、デイヴ・スノウデンが開発し、2000年代初頭に提唱したCynefin(カナビン:元々はウェールズ語で「帰属」の意味)というフレームがあります。これは、人や状況が置かれている文脈を理解することの大切さを表しており、BANI時代の「非線形で理解不能な世界」を理解し、適切に対応するための知的な羅針盤として注目に値します(実際、組織論やリーダーシップ、戦略立案の分野で広く使われています)。
※本稿では、Cynefinの発音を「カナビン」と表記しています。原語では「クネビン」に近い発音ですが、日本語話者にとっての覚えやすさ・親しみやすさを重視し、あえてこの表記を採用しています。
Cynefinは、「いま直面している状況は、どの“種類の世界”なのか?」を最初に仕分けるためのツールです。その“世界の種類”は、以下の5つの領域から成ります。

① 明白(Clear)な世界
- 原因と結果が明確で、ベストプラクティスが存在する領域。
- 例)レジ打ち、交通ルールなど、マニュアル通りに対応できる業務。
<意思決定方法>
感知(Sense)→分類(Categorize)→対応(Respond)
:状況を見て、既存ルールに当てはめ、その通りに動く。
※判断は不要。
② 煩雑(Complicated)な世界
- 原因と結果はあるが、専門知識や分析が必要な領域。
- エンジニアリング、法律判断、医療診断など。
<意思決定方法>
感知(Sense)→分析(Analyze)→対応(Respond)
:状況を見て、分析して考え(専門家も活用)、最適解を選ぶ。
※勘と勢いでやると痛い目に遭う。
③ 複雑系(Complex)な世界
- 原因と結果が明確でなく、パターンは後からしか見えない領域(意味は後から立ち上がる)。
- イノベーション、社会運動、文化変容など。
<意思決定方法>
実験(Probe)→感知(Sense)→対応(Respond)
:まず(考えずに)小さく試し、何が起きたか見て、次を決める。
※完璧な計画は意味がなく、試しながら上手くいったものを伸ばす。
④ 混沌(Chaotic)の世界
- 原因と結果が存在しない、または即時の対応が必要な領域。
- 災害対応、危機管理、暴動の初動など。
<意思決定方法>
行動(Act)→感知(Sense)→対応(Respond)
:とにかく(考えずに)まず動き、状況を掴み、立て直す。
※分析や合意形成は悪。行動こそが正。
⑤ 無秩序な(Disorder)世界
- どの領域にも分類できない、または分類ができていない状態。
- まずは状況を見極めて、どの領域に属するかを判断する必要がある。
※人は無意識に「得意な世界」へ誤分類するため、最重要注意点がこれになる。
BANIの「非線形で理解不能な世界」では、従来の「計画して実行する」型の思考だけでは対応しきれません。Cynefinは、「今の状況がどのタイプか」をまず見極めて、それに応じた意思決定のスタイルを選ぶことを促してくれる意味で、非常に有意義です。
たとえば、複雑系の状況では「正解を探す」のではなく、「小さな実験をして、うまくいったものを育てる」ことが大事。これはまさに、現代の社会運動や政策形成、イノベーションにぴったりのアプローチだと言えます。
SWOTがそのまま機能するのは、このCynefin分類で「①明白」の場合のみ、ということになります。「②煩雑」の場合も、補助的な整理ツールとしては有効でしょうが、専門家の知見や多角的な分析と組み合わせる必要があることに留意が必要です。
逆に「③複雑系」「④混沌」に分類されるケース(勿論「⑤無秩序」の場合も)においては、SWOTはまったく機能しません。
Cynefinの限界と、次なる視点の必要性
では、Cynefinを使えばすべてが解決するのでしょうか?答えは、否です。
Cynefinは「状況の種類」を見極めるには優れています。しかし、その状況の中で「何が壊れそうか」「どんな感情が渦巻いているか」「どんな兆しが芽生えているか」といった、より繊細で動的な要素までは扱いきれません。
BANI時代においては、分類だけでなく、「感情」「兆し」「非線形な変化」「理解の断絶」といった、より深い文脈の読み解きが不可欠です。なぜなら、意思決定を歪めるのは、構造的な複雑さだけではなく、見えない不安や、言語化されない違和感、そして予測不能な連鎖だからです。
これまで見てきたように、SWOTはBANI時代においては限界があり、Cynefinのような状況分類フレームが必要不可欠です。しかし、分類や計画の前に、まず「何が起きているのか」を感じ取る力が求められます。
そこで私は、SWOTやCynefinを補完し、BANI時代の揺らぎを読み解くための新しい視点として、「FLUX」という新しい視点を考案してみました。「flux」とは、「絶え間なく流動し、形を変え続ける状態」を意味する英単語です。固定された構造ではなく、変化そのものを前提とする思考――それが、FLUXの核心です。
FLUX:BANI時代の「揺らぎ」を読み解く新しいフレーム
BANI時代においては、もはや「正解を探す」こと自体が幻想になりつつあります。必要なのは、揺らぎの中で何が起きているのかを感じ取り、意味を立ち上げていく力です。
FLUXは、まさにそのために設計されたフレームです。BANIの4要素に対応するかたちで、感情・兆し・非線形性・理解の断絶といった“揺らぎ”を可視化し、意思決定の前提を整える思考ツールです。以下の4つの視点から構成されます。

F: Fragility Points(脆弱点)
どこが壊れやすいか?限界に近いか?
「この仕組みが崩れるとしたら、どこから?」
(対応BANI:Brittle)
L: Latent Emotions(潜在感情)
見えにくい不安・期待・怒りなどの感情
「誰が何を恐れている?何を望んでいる?」
(対応BANI:Anxious)
U: Unfolding Patterns(展開中のパターン)
まだ形になっていない兆しや動き
「小さな変化が、どんな波紋を広げている?」
(対応BANI:Nonlinear)
X: eXperiential Gaps(経験の断絶)
理解や経験のズレ、誤解、共通言語の欠如
「この状況を“理解できない”人は誰?なぜ?」
(対応BANI:Incomprehensible)
FLUXは、従来のSWOTのように「何が強みか・弱みか」を整理するのではなく、「何が見えていないか」「何が語られていないか」「何が起きつつあるか」を問い直すフレーム、つまり「分析」ではなく「感知」のためのツールです。分類(Cynefin)や計画(SWOTなど)の前に、まず世界の揺らぎに耳を澄ませる――そのための思考の足場となります。

上の図は、BANI時代における意思決定のための三層構造を示したものです。
- 感知(FLUX):まず、揺らぎを感じ取り、前提を問う必要がある
- 分類(Cynefin):次に、状況の性質を見極め、動き方を選ぶ
- 計画(SWOTなど):最後に、戦略やアクションを構造化する
従来のように、いきなり「計画(SWOT)」から入るのではなく、まずは「感知(FLUX)」によって、目に見えない揺らぎや感情、兆し、断絶を捉えることが、BANI時代の戦略立てにとっては出発点となります。
次に、その感知された情報をもとに、「今、自分たちが置かれている状況はどのような性質を持っているのか?」を「分類(Cynefin)」によって見極めます。ここで重要なのは、状況に応じて適切な意思決定スタイルを選ぶことです。たとえば、複雑系であれば「まず実験してみる」、混沌であれば「即時に行動する」といった具合に、状況に応じた動き方が求められます。
そして最後に、ようやく「計画(SWOT)」のフェーズに入ることができます。ここでは、強み・弱み・機会・脅威といった構造的要素を整理し、戦略やアクションを構築していきます(前述の通り、機能するケースは限られます)。
このように、感知→分類→計画という順序を踏むことで、BANI時代の不確実で揺らぎの多い現実に対して、より柔軟で実効性のある意思決定が可能になります。逆に言えば、この順序を飛ばしてしまうと、「見えていないものを前提にした分類」や「誤った前提に基づく計画」に陥るリスクが高まるのです。
現代を「BANI」と認識することの意味
ここまで見てきたように、SWOTやCynefinといったフレームワークは、それぞれの時代背景に応じて有効性を発揮してきました。しかし、現代が「BANI(脆弱な・不安な・非線形な・理解不能な)」に突入しているという前提に立つならば、私たちは意思決定の前提そのものをアップデートする必要があります。
BANI時代においては、もはや「正解を探す」ことよりも、「揺らぎを感知し、意味を立ち上げ、仮説を試しながら進む」ことの方が重要です。そのためには、まず“感知”から始めること――つまり、「FLUX」の視点が不可欠になるのです。
そして、感知した揺らぎをもとに、状況を分類し(Cynefin)、必要に応じて構造的な計画を立てる(SWOT)という三層構造の思考が、これからの意思決定の新しいスタンダードになっていくと私は考えています。
未来を選ぶために、いま必要なこと
私たちは、もはやこれまでの「安定した世界」の延長線上に、未来を描くことができなくなっています。だからこそ、「いま、世界はBANIである」という認識を持つことが、すべての出発点になります。
この認識がなければ、どれだけ優れたフレームワークを使っても、現実とのズレが埋まることはありません。むしろ、古い前提のまま意思決定を続けることこそが、最大のリスクとなるのです。
このように、現代をBANIと認識することで、私たちは既存の概念や思考法をアップデートする必要性に気づきます。そして、その気づきこそが、未来を選び取るための第一歩になるのではないでしょうか。
人間×AI共進化ストラテジスト/HRアーキテクト
藤本英樹(BBDF)

