AI超加速時代、「哲学」が再評価される理由

技術だけでは未来をつくれない。必要なのは“TPP”

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今朝の日本経済新聞に、非常に示唆的な記事が掲載されていました。(2025年12月8日 日本経済新聞「AI時代に哲学専攻ひっぱりだこ?」

この記事が伝えているのは、AI時代における哲学の重要性” が世界中で急速に高まっているという事実です。

LinkedInのデータ分析によれば、AI分野で働く人材のうち、哲学・倫理学を専攻した人材の割合が、全体平均の約2倍に跳ね上がっているとのこと。ここ5年でその数は6倍に増え、IT企業やコンサルティングで特に需要が高まっているといいます。

なぜ今、哲学なのでしょうか?エール大学のローリー・アン・ポール教授は、こう述べています。

「AIがもたらす予測不能な未来に、既存の価値観では対処できなくなりつつある」

まさに、これが理由です。

人間は「意味をつくる力」を失うと、AIに駆逐される

私はこのコーポレートサイトで、以前から「AI時代に必要なのは、覚悟と哲学」と繰り返し書いてきました。その理由はシンプルです。

AIが知的作業を代替する時代において、人間が生き残る道は

“AIにはできないこと” をやることしかないから。

そしてその代表例が、“意味” をつくる力です。新しい価値観を発明する力。未知を前提に未来を構想する力。……つまり、哲学する力(Philosophizing) です。

人間がこの能力を手放した瞬間、ユヴァル・ノア・ハラリの言う「無用者階級(Useless Class)」 に転落してしまう。私は、ここに深い危機感を抱き続けています。

日本では哲学の重要性がほとんど理解されていない

この記事に書かれている潮流は、残念ながら日本ではいまだ共有されていません。

多くの日本人は、

「そんな難しいこと考えて何の役に立つの?」
「もっと金になることをやれよ」

といった、近代以降に定着した“実利偏重の価値観”から抜け出せていません。

つまり、

  • 明治維新後の西洋化で「実学偏重・役に立つ学問偏重」が進んだ。
  • 国家主導の近代化で「思想より効率・生産性」が優先された。
  • 戦後の高度経済成長で「役に立つこと=善」という価値観が固定化された。
  • 1990年代以降の新自由主義/成果主義で短期利益が絶対視されるようになった。

これらからの正しい脱却、すなわち哲学の再評価こそ、いま私たちに求められているのです。なぜなら、哲学とは「未来の方向性そのものをデザインする営み」だからです。

AIという、過去に例を見ない“怪物”が加速していく時代において、哲学を軽視するということは、未来への舵を放棄することに等しいのです。

世界で始まっている、哲学をめぐる価値観の分岐

記事が示すように、AI開発を巡っては、いま大きな思想的分岐が起きています。

  • 技術加速こそが世界を救うとする「効果的加速主義」
  • 技術の暴走に警鐘を鳴らし、倫理を基盤に据えるべきとする思想
  • さらに、加速主義が行きすぎた結果生まれた「暗黒啓蒙」と呼ばれる運動

AIの未来を左右するのは、技術それ自体よりも、背後にある“思想”であることがよくわかります。

マルクス・ガブリエル教授が語る「悪い哲学に対抗できるのは、良い哲学だけだ」という言葉は、決して比喩ではなく、現実のテクノロジー戦争における核心なのです。

私がAI・BANI研究を続ける理由

私は現在、BANI(壊れやすく・不安で・因果が見えない・理解不能な世界)の研究を続けています。それは、現代が予測不能性の極限に向かっているからです。

AI時代・BANI時代において、人間に求められるのは「答え」ではなく“問いを立てる力”です。哲学とは、まさにその力を鍛えるための学問です。

だから私は、AI時代の人材開発において、哲学こそが中心的な役割を果たすと確信しています。哲学こそが、この不確実性の時代において、人間を人間たらしめる要素なのです。

そして辿り着いた「TPP理論」:AI時代の未来設計3原則

技術だけでは、明るい未来は作れません。技術の進化が未来を良くするとは限らないのです。

AI開発は得てして「何ができるか」に偏りがちで、日本社会・企業の関心も、ほぼそこにしか向いていないように見えます。

しかし、そこに「それは何のためなのか」「それでどんな未来を実現したいのか」という“問い”が伴っていない限り、“AIに人間が使われる未来”という最悪なシナリオがつきまといます。

私はこう考えます。AI時代の未来設計には、以下の3つが不可欠です。

1.Technology(技術)
 何ができるか、ではなく「どう使うか」を問う視点

2.Philosophy(哲学)
 価値・倫理・目的を定義し、“意味”を創造する力

3.Policy(政策・制度)
 社会の器をつくり、技術の影響範囲を制御する仕組み

この3つを統合したフレームを、私は「TPP理論」と名づけました(環太平洋パートナーシップと同じ略称になってしまいますが、あえてそのままに。甘利さんに敬意を表して)。

これらが3つとも揃わなければ、AI社会は暴走する巨大なトロッコになるのです(上記の日経維記事参照)。逆に、このTPPが揃えば、人間とAIが共進化する未来を描くことができます。

未来への責任は、今を生きる私たちにある

AIはこれから、人間の行動を超え、自ら考え、計画し、行動する存在へと進化していきます。そのとき、AIを方向づけるのは、開発者・社会・政策立案者、そして私たち一人ひとりの“哲学”です。

未来に責任を持つ私たちだからこそ、
技術の加速に飲み込まれるのではなく、
技術を導く哲学を持たなければならない。

そしてそれが、「TPP」──私が提唱するAI時代の未来設計のフレームです。

未来は技術がつくるのではありません。それは、“私たちの意思”がつくるものなのです。

人間×AI共進化ストラテジスト/HRアーキテクト
藤本英樹(BBドライビングフォース)