いよいよ、AIがデジタルの檻を飛び出し、現実世界に足を踏み入れようとしています。生成AIの進化が世界を驚かせた2020年代前半を経て、今、注目を集めているのがPhysical AI(フィジカルAI)、すなわちロボティクスとAIの融合です。
自律走行ロボット、倉庫内の自動搬送システム、介護支援ロボット、工場の各種製造ロボット、スマート農業のドローンやセンサー群……これらはすべて、AIが「目」と「手足」を持ち、物理世界で判断・行動する時代の幕開けを告げています。
生成AIで出遅れた日本、Physical AIでの巻き返しは?
ChatGPTやClaude、Geminiなど、生成AIの分野では米中が先行し、日本は後塵を拝している感が否めません。しかし、Physical AIの領域では、日本が巻き返す余地は大いにあります。
なぜなら、日本はもともと産業ロボットの分野で世界をリードしてきた国だからです。ファナックや安川電機、川崎重工など、世界中の工場で活躍するロボットの多くは日本製です。中国や米国の追い上げも激しいですが、長年にわたって蓄積されたノウハウと現場データの質と量では、まだ日本に分があると考えられます。
データの時代、勝敗を分けるのは「質」と「整備」
AIの進化は、もはやアルゴリズムの性能だけでは決まりません。特にベースモデル(LLMなど)は、すでにインターネット上の公開データをほぼ食べ尽くした感があります。よって、これからの勝負は、各企業が保有する非公開データ=“ドメイン特化データ”をいかに活用できるかにかかってきます。
ここで注目すべきは、日本の製造業やサービス業が長年にわたり蓄積してきた現場データです。センサー情報、作業ログ、品質管理記録、顧客対応履歴……これらは、まさに「現実世界の知見」が詰まった宝の山なのです。
しかし、残念ながら多くの企業は、自社のデータの価値にまだ気づいていません。あるいは、気づいていても、どう整理し、活用すればよいか分からず、手をつけられていない状況です。
データの「見せ方」で信頼を失う時代
さらに深刻なのは、データの“見せ方”に対する意識の低さです。企業のコーポレートサイトやIR資料を見れば、その会社がデータをどう扱っているかが透けて見えます。たとえば、「市場を覆っている」印象を与えるために、巨大な母数(分母)を持ち出し、脈絡のない分子を並べて高いカバー率を演出するような手法があります。
「日本の人口は1億人。うちの系列病院の年間受診回数は1億回。つまり、国民のほとんどがうちを利用している!」……これはストックとフローをわざと混同させた、Denominator Illusion(母集団錯覚)と呼ばれる統計的トリックです。
こうした誤解誘導型のマーケティングは、もはやAIに見抜かれていることを認識する必要があります。AIは、データの整合性や妥当性を評価する能力を高めており、不自然な構造や表現を検出するアルゴリズムも進化しています。そのようなAIを金融機関や投資家が駆使していないと考える方が不自然です。これまで騙せた人間と同様にAIも「騙せる存在」だと思っている企業は、それこそ悔い改める必要があるでしょう。
外部妥当性こそが、データの命
AIが最も重視するのは、External Validity(外部妥当性)です。つまり、そのデータが「他の文脈でも通用するか」「再現性があるか」ということ。
母集団は何か?バイアスはないか?比較対象は適切か?ユニークな人数か、延べ人数か?地域や業界に偏りはないか?期間は明示されているか?
これらの問いに答えられないデータは、AIによって即座に信頼性を疑われます。そしてその企業の評価は、確実に下がっていきます。
日本企業が今すぐ始めるべきこと
これからの時代、まだつながっていないデータの価値が急速に高まってきます。データが、単なる「記録」ではなく、未来をつくる資産となっていくのです。
日本企業がこのチャンスを活かすには、まず以下のステップが不可欠です。
- 自社が保有するデータの価値に気づくこと
- 正しい統計的知識を身につけること
- データの構造・取得方法・見せ方を見直すこと
- 倫理的・法的なデータガバナンスを確立すること
- 他社や業界とのデータ連携を視野に入れること
AIは、もはや「人間の目をごまかすための道具」ではありません。むしろ、人間のごまかしを見抜く存在になりつつあるのです。
データの時代において、信頼は最も重要な資産となります。そして信頼は、正確で妥当なデータの上にしか築けません。
日本企業がこの新しい時代において再び世界をリードするために、今こそ、データの扱い方を根本から見直すときだと考えます。
人間×AI共進化ストラテジスト/HRアーキテクト
藤本英樹(BBDF)

