AIをはじめとする技術革新が、社会の根幹を大きく揺るがす時代に突入しています。
これは一過性のブームではありません。「人間がやらなくていい仕事」は加速度的に増え続け、同時に、既存のビジネスモデルの陳腐化スピードもこれまでにない速さで進行しています。
私たちは今、“常に変わり続ける”ことが前提となる世界を生きているのです。
変化に立ち向かう唯一の武器=「学び直し」
こうした激動の時代において、私たちが持つべき最大の武器は何でしょうか?それは間違いなく「学び直し」です。
AIが担えない価値を発揮し、自分らしいキャリアを構築するために、今、多くの注目を集めているのが、次の2つのアプローチです。
- リスキリング(Reskilling):主に企業が主体となって、従業員に新たなスキルを習得させる取り組み。業務に直結する技術や知識の獲得が中心。
- リカレント教育(Recurrent Education):個人が主体となり、生涯にわたって学びと仕事を繰り返す考え方。興味や自己成長を重視し、業務外の分野にも及ぶ。
どちらも「学び直し」ではありますが、主体・目的・時間軸が異なる点に着目する必要があります。
これからのHRは“キャリアの共創者”となる
従来の人事(HR)部門は、「優秀な人材を確保・囲い込む」ことに注力してきました。しかし今やキャリアは、「ひとつの会社の中で積み上げるもの」ではなくなりつつあります。
多くの人が、複数の職場・役割・学びを横断しながら、自分なりの生き方とキャリアを模索しています。そうした“越境”が常識となる時代において、企業のHR部門に求められるのは
「人の可能性をどう引き出し、企業に還流させるか」
という視点です。
つまり、個人と組織がともに学び・育ち合う関係性のデザインこそが、今後の人材戦略の成否を左右するのです。
リスキリング × リカレント = 「リスカレント」という統合的視点
ここで提起したいのが、「リスカレント(Reskurrent)」という新しい概念です。これは、リスキリングとリカレント教育の違いを理解したうえで、両者を融合的に捉え直すためのフレームワークです。
リスキリングだけでは、目先の業務対応で終わってしまいがちであり、リカレント教育だけでは、企業の変化対応力につながらないこともあります。短期適応と長期成長、企業主導と個人主導の両輪が噛み合ってはじめて、社会全体としての大きな変革力は生まれます。
AI時代には、1回きりの学びでは不十分。継続的な学び直しのサイクル=“リスカレントな状態”が前提となるのです。
そしてこの視点は、人的資本経営の本質~人を「消費するもの」ではなく「未来を生み出す投資対象」として捉える発想~とも強く結びつきます。
「リスカレント人材」のペルソナ像:3タイプで捉える
このような「リスカレント」な学びと成長を体現する人材は、今後の企業にとって不可欠な存在です。ここでは3タイプの典型ペルソナを紹介します。
①「未来接続型」リスカレント人材
変化への感度と高い社会性、そして創造性をあわせ持つ存在です。企画職やDX推進、新規事業開発といった領域で活躍しているミドルキャリアがメインです。
彼らは、日常的に社外での学びの機会を積極的に活用し、未来潮流に敏感に反応しながら、既存の業務や組織の枠組みに再定義を試みます。
こうした姿勢から、企業にとっては未来構想力を担保する重要な存在となり、新たな価値の創出や持続的な事業進化を支える源泉となり得ます。
②「越境共創型」リスカレント人材
組織の内外を自在に行き来しながら、人と人、部署と部署、世代と世代をつなぐ存在です。中間管理職やリーダー層がメインです。
豊富な経験と俯瞰的な視点を武器に、組織内の学びを促進するファシリテーターとしても機能する彼らは、部門を越えて知見を結びつけたり、世代間の価値観を架橋したりしながら、学び合いの文化を根づかせることに長けています。
企業にとっては、内発的なイノベーションを生み出す「土壌づくり」の担い手であり、単なる知識伝達を超えた共創型の組織風土を育むうえで欠かせない存在です。
③「探究・自己再生型」リスカレント人材
強い内省力と独学力をもち、多元的なキャリアを通じて自らを何度でも再定義していく存在です。年齢や所属にとらわれず、パラレルキャリアや転職経験など多様な経歴をもつ人材が該当しやすいのが特徴です。
彼らは特定の専門領域にとどまらず、分野横断的に学びを深め、時には挫折や失敗すらも自らの糧として再価値化する柔軟性を備えています。
このような人材は、企業に対して新結合的な発想をもたらし、固定化された組織の思考パターンに「創造的な破壊」をもたらす、いわば変革の起点となる存在です。
これらの人材に共通するのは、「自己変容への意欲」×「学びの社会接続」×「継続的アップデート」という3つの特性です。
「学び続ける」ために必要なのは、まず「捨てる」こと
ここで忘れてはならない重要な前提があります。それは、「新たに学ぶためには、まず過去を捨てる必要がある」ということです。
これを支えるキーワードが、「アンラーニング(Unlearning)=学習棄却」です。アンラーニングとは、これまで身につけてきたスキルや価値観、常識をいったん見直し、必要に応じて意図的に手放すというプロセスのことです。
VUCA時代において最も厄介なのが「経路依存性」です。過去の成功体験にしがみつくあまり、新しい選択肢に目を閉ざしてしまうこと。
古い思考を捨てる
知識の更新に慣れる
自己の枠を広げる
これらがなければ、どんなにリスキリングやリカレント教育のプログラムを用意しても、根っこは変わらず、成果は出ません。
「アンラーニング」を可能にする教育改革の視点
ただし、アンラーニングは簡単ではありません。なぜならそれは、自分自身の過去を否定することでもあるからです。
- 自分が積み上げてきたスキルや信念を手放すことへの心理的抵抗
- 成功体験を手放すことによるモチベーションの低下
- 新しい知識習得への混乱や不安
これらを乗り越えるには、レジリエンス(精神的回復力)やマインドシフト(発想の転換)を養う教育が不可欠です。したがって、「リスカレントな人材」を育てるためには、初等教育の段階からアンラーニングを前提に据えた教育改革が必要なのです。たとえば、
- 詰め込み式の正解探しではなく「問いを立てる力」を育む教育
- “失敗は学びの種”とする価値観の浸透
- 自分をアップデートし続ける姿勢を育む習慣化
といったアプローチが、リスカレント社会の土台をつくることになるでしょう。
「学び直し」ではなく「学び続ける文化」へ
これからの社会は、「変わらないこと」がリスクになります。そして、学びとは、「現在を修復するための手段」ではなく、「未来を自ら設計する力」です。
「リスキリング」か「リカレント」か。そんな二項対立を越えた先にある「リスカレント」という新発想が、企業と個人の成長を繋ぐ架け橋となる。その時代が、もうすぐそこまで来ています。
BBDF 藤本