「SaaSの死」時代を生き残るために、今すぐ捨てるべき幻想

AIが破壊するビジネスモデル、再構築に必要な“業務理解”と人材開発

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2025年末〜2026年初にかけてSaaS企業の株価が急落し、「SaaSの死」として話題となっています。米大手4社(Salesforce、Intuit、Adobe、ServiceNow)の株価はいずれも大幅に下落し、合計で1000億ドル(約15兆円)の時価総額が消失しています。原因は、AIが人間の業務を代行し始めたことで、SaaSの存在意義が急速に揺らいでいるからです。

例えば、Anthropicの「Cowork」は、自然言語で指示するとAIがPC内のファイルを読み取り、経費精算などを自動処理してくれます。これにより、従来のSaaS(会計ソフト)は不要になる可能性が出てきました。

また、AIが人間の代わりにソフトを使う時代に突入すると、従来の「ユーザー数ベースの課金モデル」は崩れます。利用者が人間でなくなると、従来の収益モデルが成り立たなくなるからです。

もちろん、これらの4社は対応を急いでいます。SFはAI機能の自社ソフトへの統合、AdobeやServiceNowはAIスタートアップとの提携・出資といった形で。今後は業界再編の可能性もあるでしょう。

このような状況を見る限り、SaaS市場は、もはや“オワコン”に見えるかもしれません。しかし、そうとは限りません。SaaSは終わるのではなく“再定義される”時代に突入したと考えています。

全体としてSaaS市場は確実にシュリンクするでしょう(2~3年前の予想に反して)。しかし、縮むのは「水平SaaS」、つまり、どんな会社でも使える汎用型のクラウドサービスだと考えられます。例えば営業、会計、人事、メール、チャット、ドキュメント管理など。これらは、AIが自動化するほど差別化が難しくなり、価格競争が激化し、利益率が落ち、結局はAIに取って代わられます。今すぐビジネスモデルを変革(もしくは多角化)しないと、あっという間に傾くでしょう。

一方、AIの進化によって、むしろ伸びるSaaSがあります。それは、AIだけでは完結しない領域を扱う業務特化SaaS、「垂直SaaS」と呼ばれるものです。

企業ごとに違う業務フローや、法務・労務の制約が存在するエリア、組織の責任分解が必要な部分、AIが勝手に決めてはいけない部分があります。こうした領域を扱うSaaSにおいては、「AIが自動化するほど、業務の“型”を整える(あるいは変える)ことの価値が高まる」という逆説が起きているのです。例としては、建設業界におけるANDPADや、医療業界におけるメドレーなどが該当します。

これは、「サービス・カスタマイズの重要性が急速に増している」と言い換えることができるかもしれません。カスタマイズ対応できるSaaSのことを「垂直SaaS」と呼びます。水平SaaSが言わば「誰でも使える万能ナイフ」であるのに対し、垂直SaaSは「寿司職人専用の包丁」です。特定の業種や職種に特化(カスタマイズ)されたもの。もちろん、どちらも大事なのですが、 AI時代には“汎用ナイフ”はどんどん自動化され、無価値化されていく一方で、専門性のある“職人ツール”の価値は上がるのです。

ここにおいて、例えば「業種を問わず○千社が導入!」といった謳い文句を採用しているSaaS提供企業は、そのサービスが5年後も本当に残っているか?という「問い」を立てる必要があります。場合によっては、今すぐビジネスモデルを変革しなければ、手遅れになるでしょう。

そして、仮に扱うSaaSモデルを水平から垂直に変えたからといって、明日からそれが順調に売れるというものでもありません。何故なら「新しい売り方」を身につける必要があるからです。そのための人材開発には相当な時間がかかります。

業務特化型の垂直SaaSを売るには、当然その業務を理解する必要があります。つまり営業力ではなく、業務コンサルティング能力が新たに求められて来ます。「コンサルティング能力」とは何でしょうか。「他者の課題を言語化・構造化し、現実的かつ持続可能な解決策を設計・実行する力」のことです。この能力は、主に以下の4つの力から構成されます。

  1. 課題発見力(顧客自身も気づいていない構造的な歪みを見つけ出す力)
  2. 構造化・仮説構築力(複雑な状況を因果関係やフレームで整理し、解決の方向性を立てる力)
  3. 解決策の設計力(制度や人・技術・文化などを横断的に組み合わせるセンス)
  4. 実行支援・伴走力(解決策を現場に落とし込み、定着させ、持続させる力)

そしてそこに、傾聴力・共感力・ファシリテーション力・資料作成力・論理的思考力・政治感覚といった、補助的スキルも必要となります。これらは一朝一夕に身につくものではなく、教育・育成、つまり人材開発が必要となるのです。

呑気なのが日本人の良いところでもあるかもしれません。しかし、AIがここまで指数関数的な進化を遂げている現在、そんなことを言っている余裕など経営にはありません。

「AIが変革する企画開発」と題した先週の東大松尾研の講義では、超高速・高品質アプリケーション開発の世界(Hypervelocity Engineering)を垣間見ることができました。前述のAnthropic「Cowork」も、AIが10日でコードを書いて開発されたものです。

1年前はもはや遠い昔のことであり、1年後には今とはまったく違った世界が広がっています。あらゆる既存の概念が理解不能な速度で陳腐化していく、このようなAI時代において、経営に求められる能力は「ニーズと自社とのズレ」をいかに察知できるか。そしてズレを察知した際にいかにアジャイルに行動を取れるか。

そのためにはまず、予測不能・不安定・複雑・理解不能といった現代の状況を表す概念「BANI」を理解し、そのうえで、BANI時代におけるリーダーの行動指針である「Positive BANI(BANI+)」を実践することが求められます。

人間×AI共進化ストラテジスト/HRアーキテクト
藤本英樹(BBDF)