■「あんぱん」の魅力は「元ネタ探し」にあり
現在放送中のNHK連続テレビ小説「あんぱん」は、アンパンマンの生みの親であるやなせたかしさんと、その妻小松暢さんをモデルにした物語です。
やなせさん(劇中では柳井嵩)が、戦後の混乱期から漫画家として歩み始め、やがて“ヒーロー像”を模索していく姿を描いています(実際の主人公は暢さんの方)。
このドラマの楽しみ方のひとつが、登場人物やエピソードの「元ネタ探し」です。
例えば、ヤムおじさん(屋村草吉)→ アンパンマンのジャムおじさん、のぶの母・朝田羽多子 → バタコさん、などなど。
こうした“元ネタ”を見つけると、物語世界が一気に広がり、現実のやなせさんの人生や作品に繋がっていく感覚があります。
■第12週「逆転しない正義」:岩男とリンの物語(※ネタバレ含む)
これまでで特に心を揺さぶられたのが、第12週「逆転しない正義」です。
戦地となった大陸を舞台に、崇の幼なじみである岩男と、彼が息子のように可愛がる現地の少年リンとの物語が描かれます。
リンは岩男に懐き、いつも行動を共にしています。その微笑ましい姿は、厳しい戦争という現実の中で視聴者にひとときの安らぎを与えてくれます。
しかし突然、岩男はリンに撃たれます。
最後までリンをかばい通した岩男は、「リンはよくやった」という言葉を残して息を引き取りました。
実はリンの両親は、大日本帝国軍のゲリラ討伐作戦で射殺されており、その場面をリンは目撃していました。撃った兵士こそ、岩男だったのです。
リンは亡き父の形見である銃を手に、遂に親の仇を討ったのでした。
■「チリンの鈴」
この岩男とリンの関係は、やなせたかしさんの絵本(後に映画化)「チリンの鈴」(1978年)が元になっています。
「チリンの鈴」は、母を殺された子羊チリンが、仇の狼ウォーに弟子入りし、力をつけて復讐を果たす物語です。
羊でも狼でもない、とんでもない化け物に成長したチリンの鋭く研ぎ澄まされた角で刺されたウォーは、死に際に「俺を殺したのがお前で良かった」と告げます。
設定も結末も(名前も)、岩男とリンの物語とほぼ重なります。
■脚本家・中園ミホさんの真骨頂
これまでの「あんぱん」は、やなせたかしさんの人生を比較的ストレートに描いてきました。
しかし、この第12週では、元ネタを直接なぞるだけでなく、「復讐と成長」「憎しみと承認」という、人間の奥深い感情を濃密に描き切っています。
児童文学のモチーフを、大人のドラマとして再構成した脚本家・中園さんの手腕は、見事のひと言です。
■思い出した二つの物語
このエピソードを観て、私は二つの物語を思い出しました。
① 「セッション(Whiplash)」(2014年・米映画)
鬼教師フレッチャーと若きドラマーのアンドリュー。外形的には「指導者」と「弟子」ですが、内面は闘争と復讐に近い緊張感に満ちています。
フレッチャーはアンドリューの才能を引き出すために徹底的に(心身共に)追い込み、アンドリューもそれを越えて自らの限界を打ち破っていきます。
お互いに「殺したい」ほど憎みながらも、最後の演奏で初めて真に認め合い、笑みを交わす…その承認の瞬間に、鳥肌全部立ちます。
この「殺したいほど憎いが、この人にしか自分を鍛えられない」という、アンドリューの持つ両義的な感情構造は、チリンにもそのまま当てはまります。
② 吉田松陰と黒船の物語
嘉永6年(1853年)、浦賀でペリーの来航(黒船)を目にした長州藩士の吉田松陰は、西洋の圧倒的な軍事力と先進文明に感服しつつ、「このまま鎖国を続けれは日本は滅びる」と冷静に分析しました。
翌年、松陰は小舟で黒船に漕ぎ寄せ、乗船してしまう(下田渡海事件)という大胆な行動に出ます。
憎き敵に弟子入りしたチリンと、黒船に乗り込もうとした松陰。どちらも「敵の圧倒的な力を前にしながら、その力を取り込もうとする」姿勢が共通しています。
つまり、この「あんぱん」第12週は、感情構造(憎しみと承認欲求の同居)で「セッション」と、戦略構造(敵を師にして強くなる)で吉田松陰と繋がります。
こうして「チリンの鈴」の物語は、単なる児童向けの復讐譚を超え、“成長”と“宿命”をめぐる普遍的物語に昇華されているのです。
■比喩が持つ、不思議な力
このエピソードは、「元ネタ探し」だけで終わらせるには惜しいものです。
物事は、事実をストレートに語るよりも、比喩や暗喩に落とし込むことで、より深く、強く伝わることがあります。「あんぱん」第12週では、まさにその力を体現していました。
やなせたかしさんの物語をなぞりながら、普遍的な人間ドラマへと昇華させたこの週は、私にとって「あんぱん」の中でも屈指の名エピソードです。
※「あんぱん」は今第19週目。いつの話してんだ的な感じになってしまいましたが、ようやく「チリンの鈴」のDVDをゲットできたので、記念に書いておきます。
BBDF 藤本