「止血」と「体質改善」をごちゃ混ぜにするな

有事のロードマップを失った国家の立ち往生

· Insights,Social Issues

「目の前に、大出血している患者。いま、医師がやるべきことは?」

言うまでもなく、まずは「止血すること(短期・対処療法)」です。患者の生活習慣をどう改善するか、そもそも病気にならないための医療制度はどうあるべきか、といった「本質的な解決(理念・思想)」は、命を繋ぎ止めたその次に議論すべきことです。これ以外の順序はあり得ません。

しかし、現在の日本の政策議論を見渡すと、このあまりにも当たり前の優先順位が崩壊していることに気づかされます。「止血の議論」と「理念の議論」をごちゃ混ぜにした結果、どちらも進まずに全員で立ち往生しているのです。

特にこの機能不全を顕著に感じるのが、我が国が直面する2つの巨大な有事……「人口減少」と「国防」です。

人口減少:崩壊する現場に「理想の家族像」をぶつける愚

日本の人口減少は、もはや「静かなる有事」と言える段階を超え、社会機能のあちこちから血が噴き出している「崩壊」のフェーズに入っています。

ここにおいて今すぐ必要な「止血(短期・対処療法)」とは、出生率を上げることではなく、「明日から動かなくなる社会機能を物理的に維持する輸血」に他なりません。

特定技能制度の拡大による現場(物流・医療・建設)の即時的な労働力補填はその代表ですし、維持不能になった自治体インフラの強制的な集約(コンパクトシティ化)も避けては通れません。また、社会の「失血死」を防ぐため、AIや自動化技術の現場へのアジャイルな財政投入、規制緩和を行うことも当然の帰結です。まずは対処療法として、このような対応を「取らざるを得ない」のが現実です。

しかし我が国では、ここに「中長期の理念(体質改善)」、すなわち「安易に外国人に頼るべきではない」「伝統的な家族観やコミュニティを守るべき」といった議論がごちゃ混ぜに流れ込んできます。なぜか。「応急処置」として始めた緊急措置が、なし崩し的にそのまま固定化されてしまう恐怖があるからです。時間軸で区切るガバナンスへの不信感が、入り口での立ち往生を生んでいるのです。

結果として、現場の労働力は枯渇し続け、インフラは破綻寸前のまま放置されることになります。

まずは社会を動かし続ける(止血)。その上で、「人口8000万人規模の、小さくとも豊かな国を目指すのか」「移民を受け入れる多文化共生国家になるのか」という、国家のグランドデザイン(理念)を議論すべきではないでしょうか。

国防:飛んでくるミサイルを前に「憲法」を語る倒錯

国防における大出血とは、地政学的リスクの激変と、自衛隊の物理的な人的・物資的リソースの限界のことです。ここでの「止血(短期・対処療法)」は、「今、他国からの侵略や抑止力の破綻を物理的に防ぐこと」に尽きます。

防衛費増額に伴う弾薬・燃料の即時備蓄(継戦能力の確保)や、若年層減少に対応するためのドローンの大量導入とAI警戒システムの構築、そして日米同盟の現場レベルでの運用即応化。

法律や思想の前に、まずは現場の持ち駒を最大化しなければ、議論する土台すら失われてしまいます。

しかし、ここでも「そもそも憲法9条との整合性は」「専守防衛の理念に反するのではないか」という理念の議論が、いま目の前にある危機の現場になだれ込んできます。

もちろん、主権国家として「自国をどう守るか」「戦わないためにどう外交するか」という憲法・哲学の議論(体質改善)は不可欠です。しかし、それは「今ある危機」を力で抑え込み、時間を稼いだその猶予の中で行うべき性質のものです。

ロードマップを語れない者は、国家を導けない

政治家にはふたつの役割が求められます。目の前の危機に対処する「現実のマネジメント」と、その先にどんな国家を目指すのかという「理念の提示」。つまり政治とは、本来「止血」と「体質改善」の両方を扱う仕事のはずです。

しかし現在の日本政治では、この二つが完全に分離し、互いの足を引っ張り合っています。

たとえば、人口減少で物流も介護も医療も崩壊しかけている局面で理念的な移民反対論を叫ぶだけでは、現場は1ミリも回りません。

国防危機の最中に、あるべき憲法論や国家哲学を語るだけでも同じです。理念だけでは、ミサイルは止まりません。

つまり、止血の方法を持たない政治は、現実の有事においては極めて無力なのです。極論すれば、それは「患者の血が噴き出している横で、理想の健康論を演説している」状態と変わりません。

本当に必要なのは、二段階のロードマップです。

短期的には、時に泥臭い対処療法も必要になります。外国人労働力も、AIも、自動化も、インフラ統合も、防衛力強化も、すべては“理想”ではなく、“失血死を防ぐための現実的な緊急措置”なのです。本来、それらは恒久的な国家理念として導入されるべきものではありません。

現実なき理念主義では、国家は救えません。いま日本に必要なのは、「崇高な理念だけを語る人」ではなく、「止血から理念までの工程表を語れる政治家」だと考えます。

1.「冷徹に、リアリズムに徹して、まずは大出血を止める」

2.「そこで稼いだ時間を使って、血の通った、本質的な国家の理念を語り合う」

この2段階のロードマップを社会全体で共有しない限り、私たちはいつまでも「大出血したまま、理想論を語り合って全滅する」という最悪のシナリオを突き進むことになるかもしれません。問題は、「何を選ぶか」ではなく、「どの順番で選ぶか」なのではないでしょうか。

人間×AI共進化ストラテジスト/HRアーキテクト
藤本英樹(BBDF)