「昇進とは“無能”になるための切符です」
そう聞いて、あなたはどう思うでしょうか?
「いやいや、私は無能じゃない!」「この昇進は正当に勝ち取ったものだ!」と思われた方も多いかもしれません。
いや、これは決してあなた個人を責めているわけではなくて、「能力主義社会に生きる限り、誰もが“無能にさせられる”構造の中にいる」という話です。
実は、私たちが信じて疑わない「昇進=キャリアアップ」という考え方が、静かに組織をむしばんでいる可能性があるのす。
その象徴が、「ピーターの法則」です。
ピーターの法則:「すべての有能さは“昇進”によって終わる」
南カリフォルニア大学の教育学者、ローレンス・J・ピーター教授が提唱した「ピーターの法則」。要旨はこうです。
「人は能力の限界に達するまで昇進し、やがて無能になる」
たとえば、プレイヤーとして優秀な営業マンがいたとします。会社はその人をチームリーダーに昇進させます。でも、マネジメントの才能は営業スキルとは別物です。結果として「有能だった人」が「使えない上司」になってしまいます。
階級社会では、昇進を繰り返すうちに、やがて自分の能力では手に負えない職位にまで理論上到達してしまいます(誰にでも“限界点”があるのに、会社はそれを問題とはしません)。こうして企業には、“無能な管理職”がどんどん積み上がっていくのです。
そんな光景、あなたの職場でも目にしたことがあるはずです。
この構造は、企業に限った話ではありません。政治・官僚機構、学校、病院など、“階層型の専門職組織”であれば、同じような現象が日常的に発生しています。現場では優秀だった教員や医師が、管理職になることで本来の強みを発揮できなくなってしまう、という話は、どこかで耳にしたことがあるのではないでしょうか。
ピーターの法則とは、もはや職場あるあるではなく、“社会構造の病理”なのです。
ディルバートの法則:「無能な人ほど管理職になる」
もしあなたの職場に、「この人、なんで管理職になれたんだろう…?」と首をかしげたくなる上司がいたとしたら、それは偶然ではない可能性があります。その人は、「ピーターの法則」の犠牲者ではなく、意図的に“昇進させられた”人物かもしれません。
アメリカの風刺漫画『ディルバート』の作者スコット・アダムスが提唱した「ディルバートの法則」。要点はこうです。
「企業は、無能な社員を現場から隔離するため、意図的に管理職に昇進させる」
つまり、現場での被害(失注・トラブル・不満)を最小限にするために、無能な人ほど“管理職”という名の“無害ゾーン”に押し込まれる、というものです。「昇進=優秀」という一般的イメージとは真逆の論理が、静かに組織内で運用されているのです。
どうでしょう、あなたの隣にいるその「やる気のない部長」や「判断ブレブレの課長」も、実は「被害を外に出さないために“システム的隔離”された無能」ではないですか?
こうした人事ロジックは、日本型雇用制度~新卒一括採用・年功序列・総合職制度~と極めて親和性が高いものだったりします。
静かな退職:構造の犠牲になる現場
ピーターの法則とディルバートの法則が機能し続ける組織では、「働かない中間管理職」と「やる気をなくした現場社員」が共存する、歪んだ状態が生まれます。
昇進で無能化し、昇進で隔離された上層部。その下で、現場の社員たちは何を感じるか。それは、彼らの「静かな退職(Quiet Quitting)」という行動に表れています。(ブログ内関連リンク)
「静かな退職」は、辞表を出すのではなく、“心理的に離職する”という状態のことです。やる気も創造性もなくし、「必要最低限の仕事しかしない」という行動。
- 上司に意見を言っても、何も変わらない
- 頑張っても評価されるのは、従順で無難(且つ無能)な人
- 結果が出ても、昇進先は“地獄”に見える
…確かにそんな職場で、本気を出せる人などいるでしょうか?
現場社員は、目の前の顧客やプロジェクトに向き合いながら、日々悩みや葛藤を抱えています。ところが、その声が上司には届かない。いや、「届いても何も変わらない」と悟ってしまう。
こうして社員は、“会社を変える”ことよりも、“自分を守る”選択をし始めます。彼らは決して「無関心」なのではありません。彼らも一度は信じていたのです。組織を。上司を。未来を。
静かな退職は、単なるモチベーション低下ではありません。ピーターの法則とディルバートの法則が生んだ“全員無能社会”の副作用なのです。
構造は変えられる!昇進と報酬の分離施策
この“負のスパイラル”を断ち切るには、組織設計の根本を見直す必要があります。
- 昇進ではなく昇給で報いる評価制度
- 新たな職位への事前トレーニングと適性評価
- マネジメント志向のない人にはスペシャリストキャリアの道を
GoogleやNetflixなどでは、すでにこうした“昇進以外のキャリアの幸福”を組織制度として実装しています。
また、日本独自の文脈に合った「ジョブ型とメンバーシップ型のハイブリッド制度」も有効でしょう。
「戦略職には職務記述書(ジョブ・ディスクリプション)による明確なジョブ型評価を」
「チーム貢献や文化浸透にはメンバーシップ的視点を」
この二つを掛け合わせていくことが、次世代組織の鍵となるはずです。
無能を責めず、“無能にさせる構造”を疑え
誰もが、やがて無能と呼ばれる日が来ます。それは、その人が無能だからではなく、「そうせざるを得ない構造」の中にいるからです。
私たちは今、「昇進をゴールとする社会」から、「適材適所を設計できる社会」へと進まねばなりません。
昇進したあなたに必要なのは、自分のキャリアを“構造の犠牲者”にしないことです。
昇進しないあなたに必要なのは、自分の選択を“敗北”ではなく“成熟”と捉えることです。
そして組織にとって必要なのは、「人を活かす構造」を、本気でデザインすることです。そこにおいてHR(人事部門)が果たすべき役割は、限りなく大きなものとなってくるでしょう。
BBDF 藤本