目的の不明確なプロジェクトが落ちる「シャーキーの罠」
「いつまでも終わらないプロジェクト」、経験したことはありませんか?
毎週のように会議が開かれ、参加者は何となく納得したような、していないような顔で解散する。次の週も同じような話が繰り返され、具体的な前進は見られない。そんな経験、あなたの組織にもあるのではないでしょうか。
それは果たして、「まだ成果が出ていない」だけなのでしょうか? それとも、「成果が出る設計になっていない」、それが本質ではないでしょうか?
私たちはしばしば、組織が抱える“問題”を解決するためにプロジェクトを立ち上げます。しかし、そのプロジェクト自体が目的化し、「問題が存在し続けること」が、むしろ関係者にとっての“安定”や“居場所”になってしまっているケースは少なくありません。これを鋭く言い当てたのが、クレイ・シャーキー(Clay Shirky)による次の言葉です。
“Institutions will try to preserve the problem to which they are the solution.”
(組織は、自らが解決策である問題を存続させようとする)
これが所謂「シャーキーの法則」です。組織や制度が「問題の解決」ではなく「自己の存続」を優先してしまう……という、痛烈な皮肉を含んだ経験則。
たとえば、働き方改革を進めるはずのプロジェクトが、いつのまにか「検討のための検討」を繰り返し、会議を開くこと自体が目的となってしまっている。制度は何年経っても変わらず、問題も解決しない。なのにプロジェクトだけは、なぜか続いている……。
もう一つ、プロジェクトが陥りがちな罠に、「ミッション・クリープ(Mission Creep)」という現象があります。これは本来の目的が曖昧になり、当初想定していた範囲や役割が少しずつ拡大して行くことで、最終的に「何のためのプロジェクトだったのか」が、誰にも説明できなくなるような事態を指します。
このように、「目的の不明確さ」こそが、あらゆるプロジェクト失敗の根源なのです。
本稿では、こうしたシャーキーの法則やミッション・クリープの視点を織り交ぜながら、「なぜ多くのプロジェクトが“進まない”のか」、「どうすれば“進む”プロジェクトを設計できるのか」を、具体的に解説していきます。
本稿のキーメッセージは、次の三つです:
- 第一のカギは、“述語を持った目的”を最初に据えること。
- 第二のカギは、“期限からの逆算”で設計すること。
- 第三のカギは、“人時=コスト”という現実を直視すること。
あなたの組織のプロジェクトは、今、本当に目的に向かって進んでいるでしょうか?それとも、問題を存続させることによって、誰かの存在意義を守ってしまってはいないでしょうか?
正しいプロジェクトは“目的”から始まる
プロジェクトの設計段階で、最も基本にして最大の落とし穴、それが「目的が曖昧なまま始まること」です。そして実際に、多くのプロジェクトがこの落とし穴にまっすぐ落ちていきます。
たとえば、「働き方プロジェクト」という名称を掲げている組織があるとしましょう。その時、あなたは問いかけるべきです。それは「働き方をどうしたい」プロジェクトなのか?と。
「働き方を“考える”プロジェクト」なのか、「働き方を“変える”プロジェクト」なのか。この“述語”の違いは、プロジェクト全体の設計、そして参加メンバーに求められる資質を根本から変えてしまうのです。
述語なき“名詞プロジェクト”は、方向性を持たない
プロジェクト名や目的に「名詞」しかない場合、それは方向性を欠いた“もやもや案件”になりやすいです。
「ウェルビーイングプロジェクト」「DXプロジェクト」「人材戦略プロジェクト」……これらが悪いのではありません。問題は、“何をするのか”が書かれていないことです。
- 「働き方を“考える”」のであれば、アイデアを出す力、比較検討力、他社事例の調査力などが求められます。
- 一方で「働き方を“変える”」のであれば、現場の実態把握、制度改革、合意形成、社内交渉、法的知識までが必要になってきます。
つまり、目的の“述語”が定まらなければ、必要な人材も工程も評価軸も定まらないのです。
「なんとなく集まって、なんとなく話す」チームの末路
名目だけが立派で、目的が曖昧なプロジェクトは、こうなりがちです。
- とりあえず会議を始める
- なんとなく話し合いが進む
- それっぽい資料が積み上がっていく
- 結局、誰も動かず、何も変わらない
これは、まさに「プロジェクトもどき」の典型です。
この段階で、シャーキーの法則が静かに機能し始めます。課題は“解決”されることなく、“議論され続けるべきもの”として生き延びる。プロジェクトが“仕事”ではなく“存在理由”になってしまうのです。
明文化された「目的文」をチームで共有せよ
ではどうすれば、「プロジェクトもどき」を避けられるのか?第一の処方箋は、目的文を“述語つき”で明文化し、チームで共有することです。
【NG例】
・働き方プロジェクトを推進する
【OK例】
・働き方の現状を把握し、週休3日制導入の可否を判断する
・ハイブリッドワークの制度設計案を3ヶ月以内に提示する
・育児期の社員の残業負荷を削減する制度変更案を提言する
こうした目的文があれば、何を目指しているのか、誰に何を期待しているのかが明確になり、参加者は「話し合っている感」ではなく、「目的に向かって進んでいる実感」を得ることができます。
小さな目的が、大きな推進力になる
目的とは「旗印」であり、組織内における“共通の方角”です。この旗が曖昧であると、チームは簡単にバラバラになり、やがて誰も“なぜこのプロジェクトがあるのか”を説明できなくなります。
逆に、小さくても明確な目的があれば、プロジェクトは確かな推進力を持ちます。
目的なきプロジェクトは漂流する。述語なき目的は、形だけの看板にすぎない。
「まず、目的を正しく定めること」。それこそが、すべてのプロジェクトの出発点なのです。
“期限”から設計せよ:逆算できないプロジェクトは、必ず迷走する
目的が定まったら、次にすべきは「設計」です。
多くのプロジェクトがここで迷走します。なぜなら、スケジュールが“感覚ベース”で組まれているからです。
「そろそろ取り組もう」
「来月くらいに中間レビューできれば」
「できれば年度内に提言をまとめたい」
……その「できれば」、本当にできる設計になっていますか?
プロジェクトが“進まない”理由の多くは、期限と目的のあいだに逆算構造が存在しないことにあります。
帰納法的プロジェクト設計とは何か?
プロジェクト設計には、大きく2つの発想があります。
- 演繹的設計:今ある業務や課題から出発して、どこまで行けるかを考える
- 帰納的設計:達成したいゴール(目的)を先に定め、そこから逆算してプロセスを設計する
ビジネスの世界で求められるのは、圧倒的に後者、帰納法的設計です。
まず「何のために・いつまでに・どんな成果物を出すか」を決め、そこから「そのために必要な検討項目・会議体・業務量・スキル・情報」を分解していく。
これができていないプロジェクトは、「なんとなく今週も会議」「誰かが何かを調べてくる」「とりあえずまとめる」といった、“段取りのない泥舟”になっていきます。
「期限」があれば、プロジェクトは設計できる
逆算設計の第一歩は、「このプロジェクトはいつ終わるのか?」をはっきりさせることです。
期限がないプロジェクトは、絶対に終わりません。なぜなら、「終わる必要」がないからです。そして、期限があれば
- 必要なマイルストーン(中間目標)が設定できる
- 会議スケジュールを逆算で組める
- 成果物の提出時期を確定できる
- 進捗の可視化と遅延の検知ができる
逆に言えば、「ゴールからの逆算」がない時点で、そのプロジェクトは設計されていないと断言できます。
期限のないプロジェクトは、シャーキーの温床になる
シャーキーの法則を思い出してください。
「組織は、自らが解決策である問題を存続させようとする」
期限がなければ、「問題が解決されないこと」が許容されます。そして、「問題が解決されない限り、プロジェクトは続く」。つまり、終わらないプロジェクトが正当化されてしまうのです。
ここに、シャーキーの罠が口を開けて待っています。
- 進捗がなくても、「検討は進んでいます」と言える
- 会議を開いていれば、「ちゃんと取り組んでいる」ように見える
- 成果がなくても、「プロセスを大事にしています」でごまかせる
これはプロジェクトではなく、「プロジェクトもどき」。ただの「自己温存装置」です。あなたの組織は、それに気づいているでしょうか?
設計例:逆算スケジューリングの具体的ステップ
例:新しい勤務制度の導入を検討するプロジェクト(目的)
ゴール=「3ヶ月後に制度案を役員会に提出」
ステップ:
- 提出期限(3ヶ月後)をまず決める
- そこから逆算して、中間報告は1.5ヶ月後に設定
- その前に、制度案のドラフト作成期限を1ヶ月後に設定
- ドラフト作成のために必要な情報収集・ヒアリング・課題抽出を最初の3週間に集中させる
- 各フェーズごとに成果物(例:課題一覧、比較表、シミュレーション資料など)を明示しておく
これが設計されたプロジェクトの姿です。
設計なきプロジェクトは、文化を腐らせる
期限がない
逆算がない
成果物がない
……そんなプロジェクトが繰り返されれば、組織にはこうした“文化”が根づきます。
- 「やってる感」さえあればOK
- 成果よりも“プロセス重視”が美徳
- 失敗しても“関係者でがんばった”ことが免罪符
この空気が蔓延した組織では、本当の意味での変革は永遠に起きません。
だからこそ、次のステップとして必要になるのが、「プロジェクトにどれだけの“投資”がされているか」を正しく認識することです。
人時(にんじ)=コストという視点を持てるかどうかが、リーダーの資質を決めます。
人時=コスト:“だらだら会議”がもたらす致命的損失
多くのプロジェクトに共通する“感覚のズレ”。それは、「人の時間は、タダではない」という最も基本的な経済感覚が、驚くほど共有されていないことです。
会議は、「人件費の合算タイム」そのものです。にもかかわらず、世の中には「だらだら会議」があふれ返っています。
会議=コストであるという当たり前の事実
例えば、あなたの組織で10人が1時間の会議を行ったとしましょう。この会議にかかる“人時(にんじ)コスト”は以下の通りです(例)。
- 1人の1時間単価(給与+社会保険+福利厚生など含む):5,000円
- 10人 × 1時間 × 5,000円 = 50,000円
つまり、1時間の会議で5万円のコストが発生しています。もしこの会議が「なんとなく進捗確認」だけで終わるのだとしたら…それは、5万円分の損失ということになります。
プロジェクト全体のPL(損益)を把握しているか?
人時の積み重ねは、想像以上に大きな“見えない赤字”を生み出します。たとえば
- 会議20回 × 10人 × 1時間 × 5,000円 = 100万円
- メール・スライド作成などの業務工数が別途200人時かかると仮定すれば、それだけでさらに 100万円、計200万円以上の人件費
果たして、そのプロジェクトから得られるリターン(=売上・効果・制度改正・価値創出)は、合計200万円を上回っているのでしょうか?
ここがプロジェクトオーナーが直視すべき“ビジネスとしての収支構造”です。
ダメなプロジェクトマネージャーの3大特徴
1.会議の目的がない
→「今日は何話そうか?」から始まるような会議に未来はありません。
2.成果物が見えない
→議論だけで終わる=何も残りません。
3.人時意識がゼロ
→“タダの時間”が、企業にとって最も高くつく損失だと知らないのです。
こうした“プロジェクトもどき”に共通するのは、「人の時間を雑に扱う姿勢」です。
人時を資本として扱うリーダーこそ、未来を変える
本当に優れたプロジェクトマネージャーは、以下のような視点を持っています。
- 会議の目的と終了時刻を必ず明示する
…ある会社では、会議が予定より5分早く終わった場合「5分お戻しします!」と言って会議を締める文化があります。これは、「時間は預かった資産である」という感覚の表れです。 - 議事録ではなく“成果物(提言・設計・判断)”を出す
…あるプロジェクトチームでは、「今日の会議のアウトプットをSlackに3行で要約する」というルールを導入しています。「何を決めたか」「誰が動くか」「いつまでにやるか」を明記しない議論は“ゼロとみなす”という厳格な方針です。結果、全員が「話し合い=成果につなげる場」として意識を持つようになりました。 - 参加者の人時価値を常に意識し、「この人たちをこの時間使うことに意味があるか?」を問い続ける
…あるスタートアップでは、役員が会議に参加する際、「この人の1時間はこのプロジェクトに対して“投資対効果”が出るか?」を事前にシミュレーションしています。場合によっては、「今回の会議は担当者レベルで判断可能」として上層の参加を見送る決断をします。これは“敬意を込めた不参加”であり、経営資源の最適配置でもあります。
つまり、「人時=経営資源」という自覚です。
シャーキーの法則が囁く「問題を長引かせて自分の居場所を守ろう」という誘惑に打ち勝つには、“時間を使う=資源を燃やす”という冷徹なコスト認識が必要なのです。
プロジェクトとは、“終わらせる”ためにある
ここまで3つの観点から「正しいプロジェクトの進め方」を見てきました。
目的が“述語”を持っていること
期限から逆算して設計されていること
人時を“コスト”として捉えていること
この3点が揃ってはじめて、プロジェクトは「組織のための問題解決装置」として機能します。そして、ひとつでも欠けているとき、プロジェクトは「問題の延命装置」に変わります。まさにシャーキーの罠です。
「プロジェクトもどき」に付き合っている暇はない
「そのプロジェクトは、いつ終わりますか?」
「その時間に、いくらかけていますか?」
「その目的は、動詞で語れますか?」
答えられないなら、それはきっと「プロジェクトもどき」です。
「検討」ではなく、「実行」へ。
「存続」ではなく、「完了」へ。
今こそ、“本物のプロジェクト”に進化させましょう。
BBDF 藤本