「ジブリ風」の次に来るのは「シュンペーター」?

イノベーション理論から読み解く、AI画像生成の次なる潮流

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「ジブリ風画像」ブームの先に見えた「シュンペーター」

(一部では問題視されている)ジブリフィケーション(Ghiblification:ジブリ風画像)ブームもそろそろ終わった?感じなので、私もSNSのプロフィール画像からゴッホ風画像を取り下げることにしました(笑)

「○○風」画像生成依頼でどんなものが多かったのか?ChatGPTに聞いてみたところ、以下のような推定回答が返ってきました。

※比率はChatGPTを含む生成AIサービスでの依頼傾向から推定したもので、正確な統計データではないとのことです。また、Midjourney/LeonardoなどのDiscordコミュニティ分析やユーザー報告も加味している…つまり“AIらしい”ゆるい推定、というわけです(笑)

1位:ジブリ風 推定依頼割合 約18〜20%(以下同様)
2位:ピクサー風 約12〜14%
3位:ゴッホ風(印象派風) 約10〜12%
4位:アニメ風(汎用) 約8〜10%
5位:北斗の拳風 約6〜8%
6位:サイバーパンク風 約5〜7%
7位:ディズニー風(クラシック) 約4〜6%
8位:浮世絵風 約3〜5%
9位:リアル油絵風 約2〜4%
10位:水墨画・和風イラスト風 約1〜3%

ちなみに今、人気急上昇中なのは「メビウス風(Jean Giraud風)」と「鳥獣戯画風」だそうです。

その上で「水墨画×SF」とやらをおススメしてくれたので、“水墨画×SF”?と面食らいつつ試してみたところ、こんなのが返ってきました。

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・・・いや、これこそまさにシュンペーターが言うところの「イノベーション(新結合)」ではないでしょうか?!

シュンペーターの「イノベーション理論」

オーストリア出身の経済学者(後に米ハーバード大学に招聘され、終生ハーバードで教鞭を取ります)、ヨーゼフ・アロイス・シュンペーター(1883–1950)は、1911年に主著『経済発展の理論』の中で、「イノベーション」と「起業家(アントレプレナー)」の概念(*1)を理論化したことで知られています。

シュンペーターが特に強調したのは、「合理的な蓄積(経験・知識)だけでは本質的なイノベーションは起きない」という視点です。彼の革新的な主張は、以下のように要約できます。

イノベーションは「創造的破壊(creative destruction)」によって初めて生まれる。

それは、既存のルールや構造を壊しながら、非連続的な飛躍によって生まれる新結合であり、「合理性」ではなく「創造力」こそが、経済を前進させる原動力である。

そして彼は、イノベーションの定義を、以下のように置いています。

イノベーションとは、既存の要素の“新結合”(new combination)である。

「Innovation」という英単語は、語源をたどるとラテン語の“innovare”(新しくする)に由来します。彼はそれを、決して0から1を生み出すことなどではなく“新結合”と定義し、次の5類型をそれに位置付けました。

  1. 新しい製品の創出
  2. 新しい生産方法の導入
  3. 新しい市場の開拓
  4. 新しい供給源の獲得
  5. 新しい組織形態の構築

これにより、イノベーションは「ただの技術的改良」ではなく、社会構造や市場を揺るがす“変革的行為”として位置づけられました。つまり、シュンペーターが「イノベーション」という言葉に、“経済発展の駆動エンジン”としての意味を吹き込んだのです。その結果として、現代でも彼は「イノベーション理論の父」と呼ばれています。

先ほどの「水墨画×SF」画像を、イノベーション(新結合)の5類型に対応させてみると、以下のようになります。

  1. 新しい製品の創出 → 「武士的存在がSF装備を身にまとう」キャラクター造形
  2. 新しい生産方法の導入 → 水墨画技法にデジタル生成を融合
  3. 新しい市場の開拓 → アート/SNSにおける「文化ミックス」需要への対応
  4. 新しい供給源の獲得 → AIによる文化・画風のデータリソースの活用
  5. 新しい組織形態の構築 → 人間(私)とAI(Chat GPT)による共創ワークフロー

シュンペーターにとってイノベーションとは、知識の延長線にあるものではなく、“異質な何か”との衝突や融合によって生まれる非連続な現象でした。「水墨画」と「SF」という全く異質な両者の組み合わせは、過去と未来、東洋と西洋、手仕事とハイテク…といった対照軸を横断するイノベーションであることは確かでしょう。

現代のイノベーション理論

シュンペーターが定義・体系化したイノベーション理論は、その後様々な経営学者らによって発展していきました。代表的なものを挙げてみます。

クレイトン・クリステンセン

著書『イノベーションのジレンマ(The Innovator's Dilemma)』で知られるアメリカの経営学者クリステンセンは、シュンペーターの「創造的破壊」(*2)を現代企業戦略に応用し、小さな企業が“大企業に見捨てられた市場”から台頭し、主流市場を破壊するプロセスを詳細に説明しました。そこでの主な理論は「破壊的イノベーション(Disruptive Innovation)」というもので、「最初は見向きもされない技術や製品が、やがて主流市場を打ち倒す」現象のことです。破壊的イノベーションは、決してすごい技術から始まるのではなく、「軽視された“小さな成功”」から始まるのです。

ヨアキム・ドレッシャー

ドイツの組織論/経営哲学研究者であるドレッシャーは、経営資源としての「知識」に注目し、知識の再構成や異文化的統合がイノベーションを生むとしました。「知識のイノベーション(Knowledge Innovation)」と呼ばれるものです。組織内でのマネジメントにおける「意味の創造(再定義)」や「翻訳者としてのリーダー像」をドレッシャーは重視したのです。やや哲学・人文学的なアプローチですけど。

野中郁次郎

今年1月に逝去された野中先生は、SECIモデルを創案しました。知識は「暗黙知」と「形式知」がぐるぐる循環して“進化”する、という理論です。暗黙知とは、経験や直感、職人技のように言葉にしにくい知識(営業の勘とか寿司職人の手さばき)のことで、形式知とは、言語化・数値化・マニュアル化された言葉にできる知識(マニュアルや数式)のことです。SECIとは、次の4つのプロセスの頭文字です。

  • Socialization(共同化)暗黙知→暗黙知(先輩の背中を見て学ぶ、職場の“空気”を吸収する)
  • Externalization(表出化)暗黙知→形式知(「この感覚ってつまりこういうこと」と言語化する)
  • Combination(連結化)形式知→形式知(他人のノウハウを統合して新しいマニュアルに落とす)
  • Internalization(内面化)形式知→暗黙知(マニュアルを実践して、身体に叩き込む)

この4つのプロセスがらせん状に繰り返されることで、組織の知識は進化・拡張していく、としました。つまり、現場→共有→文書化→応用→再び現場への流れです。

「知識は“持つ”ものではなく、創るもの(知識創造)である」という考えに基づいています。特に日本企業の“現場力”や“空気を読む文化”をうまく理論化したのが野中先生の大きな功績だと言えます。

ピーター・ドラッカー

オーストリア出身でアメリカに帰化した「マネジメントの父」ドラッカーも、『イノベーションと企業家精神』において、実践的・戦略的なイノベーション論を明確に提示しています。彼は「イノベーション=仕事」という定義を打ち出し、“行動できる人を増やすためのイノベーション論”を提供しました。その要点は以下のようにまとめられます。

  1. イノベーションは“ひらめき”ではなく“体系的に実行できる仕事”である
    シュンペーターのような「構想力や直観による非連続的飛躍」ではなく、現場で発見し、行動に移せる“習慣的プロセス”としてドラッカーは捉えています。
  2. 7つのイノベーションの機会を提示
    イノベーションは“偶然”ではなく、“機会の発見”によって起こるとし、次の7つに分類しています。
    ◇内部要因(組織の内側)
    ①予期せぬ成功や失敗
    ②ギャップの存在(工程・収益・市場のミスマッチ)
    ③プロセスのニーズ(非効率の改善)
    ④業界構造の変化(再編、統合など)
    ◇外部要因(組織の外側)
    ⑤人口構造の変化(高齢化など)
    ⑥認識の変化(価値観・常識の変容)
    ⑦新しい知識の出現(技術革新、研究成果)

これにより、「イノベーションは探せる・選べる・仕掛けられる」という考え方を広めました。

シュンペーターは「イノベーションの哲学的な原点」を提示し、クリステンセンや野中らがそれを「再現可能なプロセス/実践論」へと翻訳してきた、という構図です。

“異文化・異時代・異ジャンル”=“新結合”ブームの兆し?

こうやって考えていると、「ジブリ風」「ゴッホ風」といった、言うならば「単一模倣型」の画像生成ブームが終焉を迎えたその先には、今回の「水墨画×SF」のような“新結合”ブームが来るような気がしてきます。

例えば「ピカソ×デスメタル」「昭和レトロ×量子コンピューティング」「能楽×ディストピア」といった、直感的に“おもしろそう”と思わせる、そんな異質なものの大胆な掛け算。そうした掛け算は、まさに無数に存在しています。

時代を飛び越え、文化を横断し、感性の矛盾を敢えて使う。そういった“ラテラルシンキング(水平思考)魂”(≒いたずら心?)を最大限発揮できる、とんでもなくエキサイティングな時代に突入してきたのではないか。そう考える次第です。

BBDF 藤本

(*1)「起業家(アントレプレナー)」の概念:シュンペーターは『経済発展の理論』の中で、「アントレプレナーは、既存の生産要素を新しい形で結びつける力を持ち、それは“日常的な知識”ではなく、“構想力”に根ざしている」、と定義しています。

(*2)シュンペーターは『資本主義・社会主義・民主主義』の中で、「資本主義の本質は競争ではなく、創造的破壊(creative destruction)という自己刷新の過程にある。既得権や惰性を打ち破るのは、冷静な分析ではなく、大胆な構想と行動である」としています。まさに経路依存性からの脱却の必要性を唱えているのです。

余談ですが、彼は「3つの夢」を語っていたと言われています。

  1. 世界最高の経済学者になること
  2. ウィーン社交界で最も魅力的な男性になること
  3. オーストリアの財務大臣になること

そして、これら全てを実現したのが、彼の凄いところです。