電通総研・野沢さんの、痺れるコラムを読みました。
誰にも正確な未来予測ができないBANI時代。どれほど綺麗にパッケージングされた大企業のビジョンを掲げても、どれほど高名な学者の言葉を引用しても、それだけで人の心や組織が動くことはありません。
他人の言葉や市場トレンドを借りて作った戦略は、前提が変わった瞬間、脆く崩れ去ります。これほど不確実性の高い環境では、たとえ稚拙でも、少しくらい変でも、自分自身の言葉で意志や在り方を表明すること。それこそが、組織にとってブレない足場になります。
コラムにある「理屈を超えた衝動」や「逃れられない在り方」は、極めて主観的で、固有のものです。他者や他社が表面的に引用したところで、そこから新たな価値が生まれるわけではありません。多少いびつであっても、自らの内側から湧き出す言葉でなければ、その企業固有のDNA、すなわち価値観を表現することはできないのです。
従業員が求めているのは、完璧なロジックではありません。「この経営者は、本気でそう思っているのか?」というリアリティなのです。
経営者が自分の言葉で語り、自らをさらけ出す。その姿を見て初めて、メンバーは「これは他の誰かの話ではない。自分たちのナラティブなのだ」と受け止めることができます。
この「納得感」なくして、予測不能な事態に直面したとき、組織にレジリエンスが生まれることも、自律的な挑戦が加速することもないでしょう。
従来型の「ビジョン=未来の予測図」という経営思想を、「ビジョン=自らの存在の表明」へと転換する時です。
どれほど時代が複雑化し、AIをはじめとするテクノロジーが進化しようとも、人間が自らの意志と在り方を言葉にする「哲学」の重要性は、増すばかりだと感じています。
AIが合理性や効率性を極限まで高めれば高めるほど、人間の存在意義は、「非合理」「衝動」「在り方」といった領域に、より強く現れるようになるのですから。
藤本英樹(BBDF)

