統計が読めない国に未来はあるか?

総務省「e-Stat」をAI時代の知のインフラに変える提言

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職業柄、調べもので「e-Stat」(政府統計の総合窓口)を利用することが多いのですが、これ、日本の統計の「公式ポータル」でありながら、非常に使い辛く、いつもイライラしてしまいます。

「ま、こんなものか…」とずっと諦めながら使って来たのですが、このAI時代において一向に何も改善される気配すらないため、「いや、待てよ…?」と思うに至りました。

「e-Stat」の主な課題点

課題点は、時代性も踏まえると以下の3点に集約されます。

1. キーワード検索が極めて限定的で、自然文での検索が通用しない

例:「1980年以降の事務職と現業職の就業者数の推移を知りたい」と検索しても、目的の統計表に辿りつけません。

2. 表構造が複雑かつ階層的で、初見のユーザーでは分類の意味が把握しづらい

統計表の表題、副表、分類、集計単位の違いが多重になっており、直感的なナビゲーションが困難です。

3. 目的のデータに辿り着けたとしても、加工や可視化に多大な工数がかかる

データ項目が複数軸にわたるうえ、ファイル形式やダウンロード方法にも一貫性がなく、実務利用時にハードルとなっています。

海外の統計ポータル:UX・機能比較

比較のため、他の先進諸国における統計ポータルがどんな感じなのかを調べてみました。案の定、どの国のものも、かなり進んでいることがわかりました。

○アメリカ:「Data.gov」「Census.gov

  • カード(ブロック)形式・カテゴリ別に直感的に探せるUI(非常に洗練されている)
  • 「ナラティブ型データ説明」あり(例:家庭の中央値収入が前年比で○%増など)
  • APIとAIツールとの統合が進んでいる(例:ChatGPT用プラグインも)

  • 「統計の解釈例」がシンプルな図解付きで提供される
  • グラフが自動生成されるビジュアル探索型
  • 「検索」ではなく「問い」を選ぶ構造(例:住宅価格はどう変動している?)

○フランス:「INSEE

  • 一般市民向けに“レポート風”に構造化(専門知識がなくても理解できる)
  • 経済・社会・人口など関心別に誘導される導線あり
  • CSVダウンロードはシンプルかつ整形済み

○スウェーデン:「Statistics Sweden

  • すべての図表が自動更新されるダッシュボード形式
  • 教育機関・市民団体との連携が活発
  • 視覚的に理解しやすい統計情報が提供されており、インタラクティブなツールを使って経済の状態と方向性を視覚的に把握できる。

諸外国のポータルに共通する先進的特徴

1.自然言語ベースの検索やナビゲーション

例えば「子どもの貧困率を知りたい」と入れれば、それに対応する統計が案内されます。

2.グラフ・図解を中心とした“語るデータ”

データは数値ではなく「ナラティブ」として提示され、解釈支援がつきます。

3.APIやAIツールとの連携

ChatGPTなどのAIツールや、Excel・BIツールと直接つながるAPI整備が進んでいます。

4.「問いを促す」導線設計

テーマ別・関心別の誘導(例:「住宅価格」「出生率」「交通量」など)で初心者も使いやすい構造になっています。

5.教育・市民社会との接続

中高生向けの統計教育ツールや、市民参加型の統計解釈ワークショップもあるようです。

日本(e-Stat)はどうか?

日本の「e-Stat」にも素晴らしい点はあり、まずデータの網羅性や正確性、信頼性は、世界屈指だと思います。しかし、このAI時代においても「問い→データ→示唆」というUX設計がまったく見当たりません。

各表の“原本”が前面に出過ぎており、「誰が、なぜ、何を知りたいのか?」という利用者視点が皆無なのです。「本当は見せたくない裏の理由があって、わざと見辛くしている」のでは?と疑ってしまうレベルです。

総務省に提案してみた

そこで、以下の内容を総務省に提案してみました(そんなに簡単に改善されるものではないでしょうけど)。

1. 自然言語での検索インターフェース

例:「昭和50年以降の労働者の産業別構成比をグラフで見たい」といった形で問いかければ、自動的に該当統計を案内してくれるような機能。

2. 統計表の概要や定義を解説してくれるAIアシスタント

用語の意味、調査区分の違い、活用例などを会話形式で教えてくれる機能。

3. 必要項目の抽出・整形・グラフ化を支援するインターフェース

エクセル操作に不慣れな方でも、ワンクリックで可視化できるような支援機能。

4. ユーザーの検索傾向を匿名で記録・分析し、統計政策に活用

国民が「今、何を知りたいのか?」を可視化する仕組みとしても有効と考えられます。

これらにより、以下のような効果が期待されます。

  • 統計の民主化:市民・研究者・実務家の利用ハードルを下げ、公共統計の活用が促進される

  • 教育・メディアへの波及:AIが統計を「読み解く力」を支援することで、リテラシー向上にも貢献

  • 統計行政のDX推進:政府のデジタル化・オープンデータ推進方針とも整合的

なぜ「e-Stat」は使いづらいのか?

日本の統計サイト(e-Stat)が使い辛い理由を考えてみます(一部想像ですが)。

① 官庁主導(供給側論理)で設計されているから

“統計は報告義務である”という行政文化が強く、「提出する/保存する/公表する」ことが目的になってしまっているのではないでしょうか。

つまり、「誰がどう使うか」を考えていないのです。

その結果、ファイル構造・分類体系・検索方法が“内部管理の都合”で作られているのだと考えます。分類が「表番号:0123-05-国勢-職業大分類-A12」とかになっているのは、その名残でしょう。

② “出すこと”が目的化しており、“使わせる意志”が薄いから

「e-Stat」は「出せ」と言われたから出しているが、「見せたい・使ってもらいたい」という積極性が見当たりません。

そのため、解説コンテンツ・ナビゲーション・サポートが極端に不足しているのです。

③ 情報公開における“慣性と恐れ”がある

日本の行政には「解釈されることへの恐れ」が根強くあります。国民・市民が勝手にグラフを作って「この省庁の政策は間違っている」と言われたくないのではないでしょうか。

その結果、「解釈しやすいかたちに整えて出す」よりも「生データだけ渡しておく」方が安全、という心理が働くのだと考えます。

「国民に見せたくない」という明確な意図があるわけではないでしょうが、使いやすくしないことで“使われない”ようになっているという点では、結果として似た構造が生まれていると言えます。これは、透明性があるフリをして、実質的には閉じている状態です。

日本の統計行政は信頼できる生データを大量に持っているのに、あまりに見せ方(伝え方、使われ方)に対して不器用すぎるのではないでしょうか。

「e-Stat」の本質的な改善案

上記の諸外国の統計サイトを確認すると、以下のような点を「e-Stat」は学ぶべきであることがわかります。

  • 統計は“公開”することが目的ではなく“使われる”ことが目的である。

  • 問いや行動につながるインターフェース設計が本質である。

  • 「統計×AI」は次世代の市民リテラシーを支える鍵になる。

AI時代において統計は、単なる記録ではなく「問いを立て、社会を変えるための知的インフラ」として再定義されるべきです。そのために必要な改革として、以下の4点を提言させていただきたいと考えています(今回総務省には、ここまでは伝えていません)。

提言① 「出すだけで終わらせない」
――“統計の使われ方”に責任を持つ部門(統計UX担当)を。

○As Is:

  • 多くの統計組織では「収集・分類・公開」までが主な業務範囲であり、“その後どう使われているか”はノータッチ。
  • 統計が“出された時点”で仕事が完了してしまっている。

○To Be:

  • 「統計UX(User Experience)」を専門に扱う部門を統計局内に新設。
  • ユーザー(市民・企業・教育現場・メディア)の利活用実態を継続的にモニタリングし、改善点を統計設計・公開形式にフィードバックする役割を担う。
  • この部門が「誰に、どのように使われる統計を設計するか」という観点で公開設計を主導する。

提言② 「使う人と一緒につくる」
――民間(デザイナー・データ活用者)と連携したUI/UX設計文化の導入。

○As Is:

  • 「e-Stat」のUI/UXは省庁内論理(調査番号・表コード・分類体系)で設計されており、一般利用者の直感に沿っていない。
  • 利用者との距離が遠く、UI/UXに関する実証実験やユーザーテストの文化が根付いていない。

○To Be:

  • データ可視化やサービス設計に実績のある民間企業・デザイナー・教育関係者との協働プロジェクトを推進。
  • 「行政がつくる」ではなく「使う側と共につくる」プロセスを導入。
  • 具体的には、デザインスプリント方式でUIのプロトタイプを複数作り、利用者テストで評価→改良を繰り返す。

提言③ 「“表番号”ではなく“問い”で探せる統計へ」
――AIアシスタント導入によるナビゲーション機能の実装。

○As Is:

  • 「e-Stat」の検索機能は「表名・調査名・年度」を前提とした“探し方を知っている人のための設計”。
  • 一般ユーザーは「知りたいこと」からは辿り着けない。

○To Be:

  • 自然言語で問いかければ、該当する統計や視覚化されたグラフ・概要・定義が表示されるAIアシスタント機能を導入(例:「1990年以降、女性の就業率はどう変わっている?」→該当表を提示、視覚化、関連統計へ誘導)。
  • この機能が市民・教育現場・報道関係者など非専門家の利用ハードルを劇的に下げる。

提言④ 「使われた数こそが価値」
――“使われた実績”を統計局の評価指標に含め、“活用されていないデータ”を減らす。

○As Is:

  • 公的統計は「正確に出すこと」が目的化しており、「誰に・どう使われたか」は成果指標として軽視されている。
  • 結果として、“紙の上では公開されているが、現実では活用されない”統計が多数存在。

○To Be:

  • 公的統計の評価に「利活用実績」や「二次使用件数」「教育・報道・民間活用件数」を加える。
  • さらに、ユーザーの検索傾向や問いかけログを匿名で分析し、「どんな統計が求められているか」「どこで離脱されているか」を定量的に把握。
  • UX改善や統計設計の見直しに反映させることで、“統計が生きた情報”として機能する社会基盤に転換する。

必要なのは「誰もが使いやすい社会インフラ」

求められるのは、ただ統計を「出す」ことではなく、「“問いに使える”かたちで社会とつなぐ」仕組みへの刷新です。

いま、統計は民主主義のインフラであり、問いの出発点でもあります。にもかかわらず、いまの「e-Stat」は、まるで図書館の奥に鍵付きで置かれた資料のように、使わせようとしません。

これは技術の問題ではなく、姿勢の問題です。だからこそ、AIやUXの力で再設計し、誰もが“使える知”に変えることが急務だと考えます。

行政がピボットしなければ、民間も育ちません。「統計にアクセスできる社会」から「問いを立てられる社会」へ。

今こそ、「公共の知」をアップデートするときです。

BBDF 藤本