「米だけは大丈夫」という神話の崩壊
コメ価格の高騰問題が連日ニュースを騒がせています。昨日もこのような記事が出ていました。(日本経済新聞「石破首相『コメ5キロ3000円台に下げる』備蓄米の随意契約を指示」)
現在のコメ価格の高騰は、過去数十年で最も深刻です。主力品種である「コシヒカリ」の先月(2025年4月)の小売価格(東京都区部)は、前年同月比で100%以上も(2倍以上に)上昇しています。(出典:農林水産省「令和6年産米の相対取引価格・数量(令和7年2月)(速報)」、総務省小売物価統計「小売物価(東京都区部)の推移」)
「(日本は)米だけは大丈夫」、その前提が、いま音を立てて崩れています。
なぜ、コメ価格はこれほどまでに高騰したのか?
価格高騰の原因は、短期的なショックと長期的な構造要因が複雑に絡み合っています。
○ 短期的(ショック)要因
- 2023年夏の記録的猛暑と干ばつにより、全国的に作況指数が低下。特に新潟・宮城・秋田など主産地の一等米比率が大幅に減少。
- 円安とウクライナ危機に伴う輸入小麦価格の上昇により、パンや麺類からコメへの需要が一定程度シフト。
- 外食・加工食品業界による大口契約(事実上の“囲い込み”)により、小売市場への流通量が減少。
○ 長期的(構造的)要因
- 1970年から2018年まで続いた「減反政策」により耕作面積が縮小、生産能力が恒常的に低下。
- 農家の高齢化(基幹的農業従事者の平均年齢は69.2歳。出典:農林水産省「農業労働力に関する統計」)と、深刻な後継者不足。
- JAなど中央集権的な流通構造によって、市場の柔軟性が欠如。
- 外国産コメに対する関税率778%という高関税により、代替輸入が機能しない閉鎖的な市場構造。
これらの要因が重なり、「高品質米が足りない」「業務用に先を越された」「家庭用が品薄」といった事態が全国で生じているのです。
備蓄米を放出しても価格が下がらない理由
政府は農林水産省を通じて備蓄米の放出を行っていますが、価格抑制には十分な効果が出ていません。その理由は次の通りです。
- 放出された備蓄米は主に業務用・外食用に向けられ、小売市場に十分に届かない。
- 多くの備蓄米が「ブレンド米」や「古米」であり、消費者が求める「高品質な新米」と一致しない。
- 流通経路の多様化により、JAや政府の価格調整力が低下している。
つまり、問題は単なる物理的な「米不足」ではなく、「誰が」「いつ」「どこに」「いくらで」届けるかという分配と構造の問題なのです。この構造的問題を是正するためには、関税の一時的緩和と備蓄米制度の再設計、さらに農地バンクの活用による耕作放棄地の集積といった中長期的な対応が不可欠です。
自給率と経済安全保障の盲点。“農的生活”という視座
日本の食料自給率(カロリーベース)は2023年度で38%。1965年の73%から半減しており、先進国の中でも極めて低い水準です。唯一、コメのみが100%に近い自給率を維持してきましたが、その「最後の砦」も今、危機に瀕しています。(出典:農林水産省「日本の食料自給率」)
この現実を突きつけられた今、私が思い出すのは大学時代に体験した「屋代村塾」での農作業です。(参考YouTube)
セミの担当だった故・大塚勝男教授に同行して山形県の山村に滞在し、土を耕し、苗を植え、収穫を手伝うのです。朝は鳥のさえずりで目覚め、日が暮れれば作業を終える。教授の著書『農的生活』には、私が田畑で汗を流す姿(写真)が掲載されています。
「食べること」と「生きること」は切り離せない。あの体験は、私にその真理を原体験として刻み込んでくれました。
リゾーム的農業へ。農家が選べる自由を
今回のコメ価格急騰を経て、私たちは「農業は中央集権的に統制されるべきか?」という問いを突きつけられています。
ご存じの通り、現在の流通構造では、JAを中心とするピラミッド型構造のもと、農家は価格決定権を持てず、消費者は誰がどこで作ったかを知らないまま米を買います。しかし、テクノロジーと市場構造の変化により、「リゾーム的(分散・自律型)」農業の可能性が広がっています。
こうした仕組みが整えば、農家は「誰に、どれだけ、いくらで」売るかを自ら決められるようになります。農家の経済的自律と、消費者の納得購買を両立させる「農業の民主化」が、ここに見えてきます。
食べるということは、生きるということ
冒頭の問いに戻ります。コメ価格の高騰は単なる経済問題ではなく、「農業というライフラインが危うい」という、もっと深い警鐘です。
私たちは「農的生活」という価値観を、もう一度見つめ直すべき時に来ています。それは、決してスローライフや懐古的な田舎暮らしのすすめではなく、「自分の食を、自分たちの手に取り戻す」という主権の再構築です。
自らの手で土に触れ、作物を育て、他者と分かち合う。その営みの中にしか、「本当の安全保障」はありません。食料を自給できない国に、真の主権はないのです。
これは決して農家に任せておけば良い問題などではありません、私たち国民ひとりひとりが真剣に考えるべき問題です。
BBDF 藤本