参考リンク:前回記事「注目すべき『3大危機』
“例外”ではなく“前提”となった「危機」
現代(特に日本)のカオス社会は、次の「3大危機」の時代に突入しています。
- 複数の危機が同時に起こり、互いに影響し合いながら拡大していく「Polycrisis(多重危機)」
- 文明の根幹が揺らぐ「Metacrisis(超危機)」
- そして、危機が常態化する「Permacrisis(永続危機)」
もはや「危機が起きたら対応する」従来のスタンスでは間に合わず、危機を前提とした構造的な備えが求められています。
以下、企業と個人に分けて、取るべき対応を考えてみます。
企業が取り組むべきこと
1. 危機を“仕組み”として捉える視点の導入
現代社会の危機は、単発のリスクでは終わりません。複数の要因が連鎖する構造として捉え直す必要があります。
ウクライナ戦争がエネルギー危機を生み、それがインフレや社会不安を誘発するように、リスクは互いに絡み合い「Polycrisis(多重危機)」として拡大します。従来の「単発リスク対応」型マネジメントでは、全体像を見誤りかねません。複数の要因が連鎖する構造として危機を捉える習慣をつける必要があります。
経営層・次世代リーダーに対する「複雑系思考(Complexity Thinking)」や「シナリオ・プランニング」の研修を導入を行うことが有益です。予測困難な未来に備え、複数の可能性を同時に想定し、柔軟な戦略オプションを用意するための施策です。
日本における複雑系思考の研究は、東京工大の木嶋恭一教授によるものが有名です(参考リンク:システム科学で社会を斬る 木嶋恭一研究室)が、複数の未来シナリオを描き、その背景と影響を理解しながら思考力を養う研修、バックキャスティング能力を育成する研修は、インソース社、グロービス社などが提供しています。また、横浜のフューチャーネスと言う会社は、シナリオ・プランニングの専門会社として、クライアント企業が自ら未来を構想・議論できるプロセスをコンサルとして設計・支援しています(参考リンク:株式会社フューチャーネス)。
社長の勘と経験でなんとかできた時代はとっくに終わりました。危機を構造として理解することで、「想定外の連鎖」にも対応可能な組織となり、危機発生時に右往左往せずに全体を俯瞰して意思決定できるようになる。結果として、経営陣が“後追い対応”から脱却し、戦略的に未来を先取りできることになるのです。
2. レジリエンスと柔軟性のある組織設計
サプライチェーンや人材配置に冗長性を持たせる必要があります。また、危機時の意思決定を迅速化するため、分散型リーダーシップを育成しなければなりません。
グローバル化・効率化の進展により、現代の組織やサプライチェーンは「一見強固だが脆弱(Brittle)」な構造に陥りがちです。わずかな衝撃で全体が崩れるリスクを抱えているのです。
こういった中においては、サプライチェーンに代替ルートや複数供給源を持たせる必要があります(冗長性=Slackの確保)。人材配置も“一点集中”ではなく、複数の業務をこなせるマルチスキル化を推進する必要があるように考えます。危機時にトップに判断が集中しないよう、分散型リーダーシップ(現場リーダーの意思決定権限)を育成しなければなりません。そのためには単に研修を増やすだけでなく、経営層のマインドチェンジから現場の制度設計まで、多層的な施策が必要です。
- 「失敗を許容しない文化」が分散型リーダーシップを阻害しているため、経営層が率先して「失敗から学ぶ」姿勢を発信する。
- “意思決定を手放す勇気”を持つこと自体がリーダーシップであると再定義する。
- 現場リーダーにはケースメソッドで「答えのない状況での判断訓練」を行う。ローテーションや越境学習で「多様な状況に触れる経験」を与える。また、ピアラーニングを導入し、現場での意思決定に対して「振り返りと内省の場」を用意する。
- 意思決定権限は明文化し、現場リーダーが判断できる領域を明確化する。
- KPIを「結果」だけでなく「意思決定プロセスの健全性」や「挑戦回数」も評価に組み込む。
- 権限委譲後は「承認」より「事後報告」を基本とし、裁量権を実感できるようにする。
- 「報・連・相」だけでなく「提案」を義務化し、現場からの意思発信を促す。
- 成功事例だけでなく「現場での勇気ある意思決定」を社内で称賛・共有する。
など。
これらを実施すれば、危機時に現場が自律的に判断できるようになり、初動のスピードが劇的に向上します。突発的な供給断絶や人材流出が発生しても、組織がしなやかに吸収し持ちこたえる力を獲得できるようになるでしょう。従業員も「柔軟な動き方が許容される組織文化」の中で心理的安全性を感じられるようになり、エンゲージメントも向上します。
3. 情報の透明性と信頼の再構築
「Permacrisis(永続危機)」の時代には、「何が起こっているのか分からない」という不確実性そのものが、社会不安を拡大させます。このとき人々が最も求めるのは、正確な情報よりもむしろ「組織が隠していない」という安心感です。危機対応の遅れや情報秘匿は、真実の有無に関わらず瞬時に拡散し、レピュテーションを大きく傷つけます。また、AIやアルゴリズムが経営判断やサービスに深く関与する現代において、「ブラックボックス化」は新しい不信の火種となっています。
情報が不透明な企業は「何か隠しているのでは」と疑念を持たれ、取引先・投資家・従業員からの支持を失いやすく、アルゴリズムによる意思決定の正当性を示せなければ、「差別的」「不公平」との批判に直結します。透明性のある企業は、危機が長引いても「誠実に状況を共有している」と評価され、持続的に支持を得られることになります。
そのためには、まず、経営会議や重要判断の背景を「なぜその決定に至ったのか」というプロセスを含めて共有(意思決定プロセスの可視化)する必要があります。社内ではイントラネットや全社ミーティング、社外には広報リリースや説明会を通じて定期的に発信するのです。AI導入に際しては、「どのデータを基に判断したのか」「判断基準は何か」を社員や顧客が理解できる形で提示する必要があります。AI倫理方針を公開し、外部有識者を交えた監査体制を整備します(説明可能性の確率)。また、年次・四半期ごとに「透明性レポート」を作成し、ステークホルダーに公開します。そこには、AI利用方針、データ活用状況、リスクマネジメントの実績、苦情対応事例などを盛り込みます。そして、一方的に情報を出すだけでなく、株主・顧客・地域住民など、ステークホルダーとの「ダイアログ」的な双方向対話の場を持つことも重要かもしれません。フィードバックを組織改革やプロセス改善に反映させる仕組みを構築するのです。
これらを実行することで、企業は「何を考え、どのように意思決定しているか」を共有し、ステークホルダーの不安を和らげることができます。さらに、危機が長期化しても「この会社は情報を隠さない」という評価が定着し、信頼が守りの盾となるのです。この「評判資本(Reputational Capital)=企業の信頼や評価が資産として機能する考え方」は、平時よりもむしろ混乱時に真価を発揮し、組織の生存可能性を飛躍的に高めることになります。
4. 社会的責任と倫理的対応
「Metacrisis(文明的危機)」が示すように、現代の危機は単なる企業の経営課題を超え、社会や文明そのものの持続可能性を脅かしています。気候変動や資源制約は勿論、人権侵害や格差拡大、そして情報空間の劣化やAIリスクといった要素は、企業の事業活動に直結する問題です。従って、企業はもはや「CSR(社会貢献活動)」レベルの対応ではなく、自社の存在意義そのものを問い直す必要に迫られています。
気候変動はサプライチェーン寸断やコスト高騰の直接的要因であり、適応戦略は企業存続の条件です。グローバル市場では人権デューデリジェンスが必須化し、取引先選定や国際的評価に直結しています。AIやデータ活用が進む中で、説明責任や公正性を欠けば、瞬時に社会的信頼を失うでしょうし、ESGや人的資本開示が形式的だと、資本市場からの信頼を失い資金調達リスクを招くことになります。
このような中では、まず企業パーパスを再定義する必要があります。利益追求の枠を超え、「社会的課題解決への貢献」を中核に据えるのです。パーパスを経営戦略・評価制度・人材育成にまで落とし込むことで、形骸化を防ぎます。また、サプライチェーン全体での人権監査と改善プログラムを実施(強制労働などの排除に関するOECDガイドラインなど、国際的な人権基準に準拠)することも重要です。AI倫理指針を策定・公開することも必要でしょう。アルゴリズムのバイアスを検証し、説明責任(Explainability)を担保、社内に「データ倫理委員会」や第三者評価機関を設置し、定期的にレビューするのです。そして、人的資本経営は開示義務にとどまらず、パーパスと接続し、実効化しなければなりません。従業員のスキル開発・エンゲージメントを「価値創造の源泉」として示すのです。
このようにして初めて、企業を「利益追求の主体」から「社会課題解決の一翼を担う存在」へと進化させ、社会的信頼資本(trust capital)を蓄積することができます。それにより社会的(投資家・顧客・従業員の)信頼が高まり、長期的に持続可能な経営基盤を築ける(競争優位性を確保できる)のです。結果として従業員は「社会的に意味ある組織に属している」という誇りを持ち、エンゲージメントと生産性が向上します。
Polycrisis/Metacrisis/Permacrisis の「3大危機」を前提とする時代において、企業は 「単発の対処」から「構造的・文化的な変容」 へと発想を転換する必要があるのです。
危機を仕組みとして捉え、レジリエンスを備え、透明性で信頼を築き、倫理的責任を果たす。この4つのアクションは単なるリスク管理ではなく、企業の未来を拓く戦略的投資そのものと言えるでしょう。
個人が取り組むべきこと
私たち個人が取るべき対策は、以下のようなものであると考えています。
1. 情報リテラシーと“ノイズ耐性”の強化
PolycrisisやPermacrisisの時代には、情報が爆発的に増え、正確なデータと虚偽情報が入り混じります。SNSや生成AIの普及により、フェイクニュースや陰謀論、過度に煽るコンテンツが氾濫し、「何を信じてよいか分からない」という不安が拡大しています。
誤情報に踊らされると、冷静な判断ができなくなり、生活やキャリアに悪影響を及ぼすことになります。信頼できる情報源を自ら選び抜く力は、現代の“必須スキル”と言えるでしょう。
情報の真偽を一次ソースや複数媒体で確認する「ファクトチェック習慣」を持つことが何より重要です。SNSやAIコンテンツを消費する際に「直感的に信じすぎず、少し立ち止まって検証する」態度を身につけるのです。ニュースアプリやSNSのタイムラインを「カスタマイズ」し、ノイズを減らす環境設計を行うことも考えた方が良いでしょう。
不確実な情報に過剰反応せず、「必要な情報だけを選び取れる」落ち着いた判断力を養い、心の安定と冷静な意思決定を可能にしていきましょう。
2. メンタルレジリエンスと共感力の育成
Permacrisisは「危機が途切れず続く」時代を意味します。つまり「不安やストレスと共存すること」が常態化・前提化してしまうのです。従来の「不安をゼロにする」発想では対応することができません。
不安やストレスを完全に排除するのではなく、それに「折り合いをつけて生きる力」が求められます。個人の心の安定は、組織や社会全体のレジリエンスにも直結します。
マインドフルネスや瞑想によって、感情の浮き沈みを観察し、反応をコントロールすることが有効であるとされています。安心できる仲間との「対話」の場を持ち、感情や悩みを言語化して共有することも。共感的なコミュニケーションを通じて「他者の痛みを理解する力」を育むのです。
心の柔軟性と共感力を兼ね備えた人材は、危機下でも冷静に行動でき、周囲を安心させる存在となります。自らの幸福感も高まり、持続可能な働き方・生き方につながるでしょう。
3. 多様な視点と柔軟な思考の習慣化
PolycrisisやMetacrisisは「単一の原因・単一の解決策」では対処できません。にもかかわらず、日本の教育や社会は「正解志向」が強く、多角的な思考が育ちにくいのが現実です。
「唯一の正解」を求める姿勢は、変化の時代に脆弱です。複数の可能性を同時に考え、異質な視点を受け入れることでこそ、柔軟な解決策が生まれるのです。
世代や文化の異なる人との対話や、異業種交流に積極的に参加することが重要です。本業以外の学び(アート、哲学、科学など)に触れ、思考の幅を広げるのが有益でしょう。ディベートやシナリオ思考の演習を通じて「多様な未来を並列的に考える力」を磨くことも当然。
「想定外」に直面しても硬直せず、柔軟に新しい選択肢を見つけ出せるようになれば、社会や組織の多様性を尊重できる個人となり、周囲からの信頼も高まるでしょう。
4. “小さな実践”から始める
社会や組織全体を一気に変えるのは困難です。しかし個人が日常の行動を少しずつ変えることで、やがて大きな変革につながります。
「自分ひとりの行動は無意味」という諦めを乗り越え、小さな行動を積み重ねることが社会的なインパクトを生むのです。行動を通じて「自分が変化の主体である」という感覚を持つことが、心の安定と自己効力感につながります。
SNS発信には責任を持ち、誤情報を広げないよう注意しなければなりません。地域活動やボランティアに参加し、「顔の見えるつながり」を築くことも重要です。
小さな選択や行動が積み重なり、個人の生活がより安心・持続可能なものに変化するのです。同時に「社会全体に貢献している」という実感が得られ、自己肯定感も高まるでしょう。
企業と同様に、個人も「複合的・永続的な危機」を前提にした生き方を選ばざるを得ない時代です。情報リテラシー、メンタルレジリエンス、多様な思考、小さな実践。この4つの行動指針を通じて、一人ひとりが危機を乗り越える主体となることが、社会全体のレジリエンスを底上げする鍵になると考えます。小さな実践の積み重ねが、社会全体の変化を生む。その第一歩を、今日から始めてみませんか?
危機の時代を“生き抜く”から“意味づける”へ
「3大危機」は、私たちを試すだけでなく、新しい価値観や関係性を生み出す契機にもなり得るものです。 企業も個人も、「どう守るか」だけでなく、「どう変わるか」「どう意味づけるか」を問い直す時代です。BANIの視点とともに、冷静さと創造性を持ってこの時代を乗りこえていくことが、今まさに求められているのです。
BBDF 藤本