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10年以内に消滅する「労働」

それは、天国か?地獄か?

· Insights,Social Issues

BANI(Brittle:壊れやすく、Anxious:不安で、Nonlinear:非線形で、Incomprehensible:理解不能な)と呼ばれる不確実性極まる現代において、過去のデータに基き単一の未来を描く、いわゆる「予測(Forecast)」は、もはや意味を失いつつある。これまでのように物事が直線的に動くとは限らなくなっているからだ。

今の世の中に必要なのは、「洞察(Foresight)」に他ならない。過去の経験や知識に頼るのではなく、過酷で悲惨な現実を直視することで、先を見越した計画や準備を立てる営みのことだ。

未来学者ジャメイ・カシオは、このBANIの世界で重要なのは、「異なる可能性のある未来を3~5つ描いておくこと」だとしている。「もし…だったらどうなるか?」「もし…だったらどうなっていただろうか?」という疑問を常に探り続けること。つまり、シナリオを構築することだ。「何が起こる可能性があるのか」を想像することは、不確実性から行動へとより簡単に移行するのに役立つ。これが何より大きい。シナリオを使うことで、予測される混沌を理解し、構造化することができる。未来の論理に意味を与え、明らかにすることができる。これは、単一の未来を設定する「予測(Forecast)」には成し得ない、「洞察(Foresight)」ならではの利点だ。

カシオはシナリオのアーキタイプを「BANIシナリオ」と「Positive BANIシナリオ」の二つに分類している。絶望的な上記「BANI」の概念に対し、「Positive BANI」は、絶望的なBANIを明るい未来に転化させるための思考法で、Bendable:しなやかな、Attentive:配慮のある、Neuroflexible:神経の柔軟な、Interconnected:相互接続の、という4つの要素から構成される(このカウンター的概念が存在する点が、従来のVUCAとの最大の違いだ)。
 

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重要なのは、そのシナリオが正しいかどうかではなく、それらが有用かどうかだ。つまり、そこから私たちが何か新しいことを学べるかどうか。 
 

|AIと人類の未来を描く「2つの分岐シナリオ」

「AIと人間の未来」。それには、大きく2つのシナリオが存在している。「暗い未来のシナリオ」と「明るい未来のシナリオ」だ(当然のことながら)。

前者の代表は「10年以内にAIによって人類が全滅させられる可能性、15%」といった類のものだ。9月のジェイコブ・コクソンの告発に端を発して巻き上がり、実際に昨今のAIを活用したサイバー攻撃の高度・高速化を見ると、あながち否定できるものではなくなっている議論だ。これはなにも、映画『ターミネーター』で描かれたような、わかりやすい「AI vs 人間」の戦争ではない。もっと静かに人類は滅亡していくことになるはずだ。あらゆるネットワークが複雑に絡み合った現代社会において、あるインフラが攻撃を受け崩壊すると、その影響は多方面に、深く及ぶ。たとえば電力会社が攻撃を受け、数週間単位で復旧を妨げられたらどうなるか。スマホやあらゆる電子機器が使えない状況で、それらへの依存を強めている私たちが長く生きながらえるはずはないだろう。

そのような「暗い未来」を人間の知恵で防ぐことができる前提で成り立つのが、後者の「明るい」未来だ。Tesla/SpaceXのイーロン・マスクは5年後(2031年)までにAIの知能は人類の総和を超え、10年後(2036年)までに人間が働く必要はなくなる、としている。10年後には10億台を超えるヒューマノイドがすべての労働を高いレベルで代替しているから、というものだ。実際にTesla社はOptimusの量産体制を構築しつつある。2年前(2024年)には5%程度に過ぎなかったAIエージェントの自律的業務遂行率が、たった2年で90%を超えた(因みに、比較基準となる人間の基準値は72%。つまり、人類を超えた)事実などをここに加味すれば、これはまったくもって荒唐無稽な話ではなくなる。Anthropicのダリオ・アモディも「1年~5年以内に、ホワイトカラー初級職の50%はAIに代替される」と具体的に述べている。
 

|不労社会を破綻させない「制度的分配」の模索

もちろん、現在の所得税を中心とした税制のままこのような世の中に突入していくと、「仕事がなくなる」ことは「食いっぱぐれる」ことを意味し、待っているのは「暗い未来」となる。イスラエルの歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリがいう「何十億もの無用者階級」の出現だ。多くの人々が構造的に雇用される可能性がなくなる。単なる失業ですらなく、社会に必要とされなくなる。

その「暗い未来」を「明るい未来」に転化させるには、まず現在の所得税中心の税制を大幅に変えることが先決だ。UBI(ユニバーサル・ベーシック・インカム)やAI税(ロボット税)、データ・ディビデンドの検討を今すぐに始める必要があるだろう。さもなければ制度設計が追いつかなくなる。事前に備えることができれば、「労働の消滅」は必ずしも「暗い未来」を意味しなくなる。
 

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イーロン・マスクは「UBIではなくUHI(ユニバーサル・ハイ・インカム)になる」と述べている。すべての人が「働かなくても高収入」な社会だ。彼はそのような社会の実現に向けた第一歩として、先日全米の子供たちにSpaceXの株式を1株ずつ配ることを公表している。また、「病気」の根絶に向けた動きも加速しており、イギリスの老年学者オーブリー・デ・グレイ博士らは、「1000歳まで生きる人間はすでに生まれている」と断言している。

繰り返しになるが、こうした「洞察(Foresight)」は、それが正しいかどうか(本当になるか否か)ではない。そこから私たちが何か新しいことを学べるかどうかだ。
 

|労働(Labor)の消滅は「理想郷」をもたらすか

「労働の消滅」は暗いように見えて、工夫次第で明るくできる、という論調でここまで書いてみたが、もう一度このタイミングでシナリオを再構築してみると、一筋縄にはそうもいかないというのが正直なところになってきたりもする。

UHIやAI税の分配により、「不労社会」が実現することを歓迎する現代人は確実に多いだろう。厚生労働省や各種調査によると、仕事や職業生活に強いストレスや不安を感じている労働者は約68.3%〜82.7%に上っている。仕事に対して不満や苦痛を抱える人の割合も低くない。つまり「できればあまり働きたくない」というのが実のところであり、不労社会は彼らにとってまさにユートピア(理想郷)のように映るはずだ。

ドイツの哲学者ハンナ・アーレントは、著書『人間の条件』において、人間の活動(Vita Activa)を以下の3つに明確に分類している。

1.労働(Labor):生きていくための生命維持・消費活動(生命の必然性に縛られた作業)

2.仕事(Work):人工的な製品や作品を作り出し、世界に価値を残す製作活動

3.活動(Action):言葉と対話によって他者と共に生き、政治や共同体に関わる活動

アーレントは、近代社会がこのうち最も価値の低い「労働(Labor)」に支配され、人間が単なる「労働する動物(Animal Laborans)」へと衰退していることを憂いた。この視点に立てば、AIによって消滅するのは生命維持のための「労働(Labor)」に過ぎない。本来であれば、「労働」から解放された人類は、2つ目の「仕事(Work:創造・表現)」や3つ目の「活動(Action:対話・コミュニティ形成)」へと高次化し、人間らしさを開花させるはずだ。

しかし、本当に「労働(Labor)」が消滅した社会が実現したとき、人類はスムーズに「仕事」や「活動」へと移行できるのだろうか? 具体的なシナリオとして描写してみると、その社会の持続が決して一筋縄ではいかないことが見えてくる。
 

|歴史上の「不労社会」が直面した構造的試練

過去に実際、人間が労働から解放された「不労社会」が実現した例として思いつくのは、ナウル共和国や古代における諸国だ。しかし、そのいずれもが悲惨な結末を迎えている。

歴史が示すのは、人間が単に生命維持の「労働(Labor)」を免除されたとき、自発的に高次な「仕事(Work)」や「活動(Action)」へ移行するどころか、単に消費と娯楽に溺れる「無用者」へと堕していったという過酷な現実だ。つまり、AI時代の「天国」を実現するための最大の鍵は、「労働の消滅」を単なる怠惰の肯定(無用化)に終わらせず、人間を「仕事」や「活動」へと再配置できる社会構造を創れるか否かにかかっている。
 

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これら歴史上の「不労社会」が辿った結末をみると、労働の消滅は決して「天国」ではなく、人類が未だ直面したことのない構造的なリスクを孕んだ「巨大な試練」となる可能性が高いことがわかる。

まず、これらは何らかの原資(富の源泉)によって支えられていたものだ。AI社会におけるそれは「AIモデル、データ、コンピュート(計算資源)、ロボティクス」となる。ローマで貴族(パトロン)が無産市民にパンを分け与えることで政治的支配を強化したように、富の源泉(資源や配当)を誰が握るかによって、社会構造は決まる。もしインフラやAIを所有する少数のメガテック企業や国家に富が極度に集中した場合、国民は単に「給付金を受け取るだけの依存的存在」となる。一歩間違えれば、自由な市民ではなく、富の分配者に生殺与奪の権を握られた「従属社会」に陥る危険がある。

最も直近の事例であるナウル共和国の最大の悲劇は、経済的な破綻以上に「人間の役割と習慣の喪失」だった。国民は働く必要がなくなった結果、日々の目標や社会的役割を失い、生活習慣病の激増や精神的な停滞へとつながった(ナウル症候群)。古代ローマでも、日々の糧と娯楽を無料で与えられた市民は、政治的な主体性を失い、単なる観客(消費するだけの存在)へと退廃していった。人間にとって労働とは、単なる「生活費を得る手段」であると同時に、他者や社会に貢献しているという実感(効力感)や自己実現の場でもあるため、人類は「自分たちの存在理由とは何か」という深刻なアイデンティティ危機に直面するはずだ。

特に、私たち日本人の文脈においてこの問題は深刻なものとなる。日本社会は長きにわたり「仕事=個人のアイデンティティ、社会的信用、および人間関係の基盤」として依存してきた歴史的背景を持つ。職場以外のコミュニティが希薄化している現状において、労働が唐突に消滅した場合、多くの人が単なる経済的不安だけでなく、「社会における居場所や承認」を完全に喪失するリスクを抱えている。

また、ナウルが鉱石枯渇後に自力で立ち上がれなかった理由の一つは、数世代にわたって産業育成や技術継承を怠ってしまい、「自立して生きるノウハウ」を社会全体が失っていたことにあった。高度なAIに社会インフラ、医療、農業、生産のすべてを委ねた場合、人類はそのシステムを保守・修理・再現する知識や技術を失っていく可能性があるだろう。予期せぬシステムの誤作動、サイバー攻撃、環境変動などの「想定外の危機」が起きた際、人間側が自力でリカバリーする能力を喪失していれば、文明が一夜にして崩壊するような致命的な脆弱性を抱えることになる。

スパルタは、不労の特権市民という制度を維持・保護しようとするあまり、厳しい社会制限と格差を生み、結果として少子化を起こして人口崩壊へと向かった。過度に快適で不自由のない環境は、人類の「他者と協力する動機」や「困難を乗り越えようとする野心」を削ぐ側面があることがわかる。すべての負担が消え去った世界で、社会全体の活力や次世代を育てようとする意欲が減退し、種としての持続可能性が損なわれる懸念が浮上する。

つまり、これらの事例が教える最も重要な事実、それは「労働からの解放それ自体は、人間を幸せにする自動保証にはならない」ということだ。AIによって人間の労働が消滅する社会を「天国」にするためには、単にUBIなどで金銭を配るだけでは不十分ということになる。
 

|AI時代を「天国」にするPositive BANIの3条件

一方で、現代のカタールやUAE(アラブ首長国連邦)などの産油国は、「石油・天然ガスが枯渇した後の時代」を見据えた大規模な構造改革を急ピッチで進めている。具体的には、観光業への投資(ドバイなど)、金融・ITハブ化、政府系ファンドによる世界中への分散投資、そして自国民にビジネスや専門職で働くことを促す政策(Emiratizationなど)を実施し、過去の事例のような破綻を防ごうとしているのだ。

そうしたことまで踏まえると、冒頭で触れたジャメイ・カシオの「Positive BANI」の枠組みを援用しつつ、AI時代を「天国」にするために必須となる条件を、以下の3点として再定義したい。

1.制度設計(「キュレーション」と「縮小」の思想)富とテクノロジーの主権が一部に偏らない民主的な分配機構を構築すること。これは、複雑化しすぎた資本主義システムを一度再構築し、人間が生存の恐怖から解放されるための基盤を「キュレーション」していく作業に他ならない。

2.存在理由の再定義(「創発=Emergence」の場づくりとサードプレイスの構築)生産性や経済効率とは無関係な、新しい価値やコミュニティの場をいかに生み出すか。特に「仕事=アイデンティティ」であった日本社会においては、企業組織に依存しない多様なサードプレイスや、人間同士の偶発的な対話・試行錯誤から新しい意味が生まれる「創発(Emergence)」の環境をデザインし直す必要がある。

3.レジリエンスの維持(「強化=Reinforcement」の教育・文化)テクノロジーに依存しつつも、人間としての思考力、自立性、そしてレジリエンスを手放さないこと。システム任せにするのではなく、システムを自らの手で問い直す強さを社会全体で「強化」し続けること。

これらを伴わない「ただ労働が消えた世界」は、天国というよりも、「退屈と無力感に支配され、システムの保護飼育下に置かれた巨大な養鶏場」になりかねない。

人類はいま、歴史上最も深い「人間とは何か」という問いに答える準備を求められている。「天国」は待っていれば来るわけではないし、誰かに任せておけばよい問題でもない。私たちひとりひとりが内省し、シナリオを描き、答えをみつけていくしかない。

今後、上記の3点の論点をさらに精緻化していきたいと考えている。
 

藤本英樹(BBDF)

常識をブチ壊し、人間性を取り戻せ。BBDF「3D Method」

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