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GDP世界6位への転落

「効率化」で日本が失ってしまったもの

· Insights

IMFが2026年10月に公表した新しい見通しでは、日本の名目GDPが2027年にインドと英国を下回り、世界6位になると予測されているようだ。

ドル換算の名目GDPにつき、円安や人口規模の違いも大きく影響する。よって6位になったこと自体を、経済政策や経営の失敗だけで説明することはできない。

とはいえ、長期的な成長力の低下は数字にも表れている。

例えば、OECDの2026年対日経済審査によると、日本の労働時間当たり生産性の年平均成長率は、2000~2008年の1.2%から、2019~2024年には0.3%まで低下している。

長年、効率化に取り組んできたはずの日本が、肝心の生産性すら十分に高められなくなっているのだ。

この一見矛盾するような状況について、少し違った視点から考えてみたいと思う。
  

|日本企業が追求してきた「効率化」

そもそも効率化とは、少ない資源で大きな価値を生み出すことだ。しかし、日本企業で長年行われてきた「効率化」は、主に次のようなものであったように私には見えている。

人を増やさずに、仕事を増やす「効率化」コストを削減し、利益を確保する「効率化」
無駄な時間をなくし、稼働率を高める「効率化」
既存の業務を、より速く、正確に遂行する「効率化」

これらの「効率化」は、既存事業を維持するには合理的だろう。しかし、既存の仕事を効率的にこなす能力と、新しい価値を創造する能力は、必ずしも同じではない。

……ここに気づくのが遅れたことが、今の日本の停滞につながったのではないかと私は考えている。

実際、IPAが2024年に公表した調査分析では、日本企業のDXについて、業務効率化で成果を上げた企業は過半数だったのに対し、新製品・サービスの創出やビジネスモデルの根本的変革で成果を上げた企業は約2割にとどまっている。

日本企業は「今あるものを改善すること」には熱心だったが、「今ないものを生み出すこと」に十分な経営資源を振り向けてこなかったのではないだろうか。
 

|有能な社員ほど潰される「効率化の罠」

日本企業の「効率化」において、さらに問題だったのは、能力の高い社員の扱いだ。例えば、ある職場に非常に優秀な社員がいたとする。その人は仕事が速く、成果を出す。問題解決能力も高い。

すると、何が起こるか。仕事がどんどん集まってくるわけだ。しかも、その人が仕事を速く終わらせるほど、さらに仕事が増えていく。

これは組織にとって、短期的には極めて合理的な行動だろう。ところが、長期的には恐ろしいことが起こる。
 

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つまり、最も新しい価値を生み出せる可能性のある人を、既存業務の処理に使い切ってしまってきたわけだ。しかも、そのことを組織は「優秀な社員の有効活用」と認識してしまっている。

ここには、かなり深刻な経営上の錯覚がある。そしてさらに、周囲の社員にも悪影響がある。優秀な人ほど仕事を押し付けられ、結果的に潰されてしまうような職場では、能力を高めたり、新しいことに挑戦したりすること自体が、割に合わなくなってしまうからだ。

その結果、挑戦しないことが合理的な選択になってしまう。

もちろん、こうした仕事の集中が日本全体でどの程度起こり、GDPをどれだけ押し下げたかは、具体的な検証が必要だ。構造的な因果関係としては十分考えらるが、現段階では仮説であることをお断りしておきたい。 
 

|イノベーションに必要な「非効率」

もう一つ、重要な論点がある。それは、「イノベーションの多くは、短期的には非効率だ」ということだ。

新しいことを考える時間。何の成果にもつながらない実験。失敗に終わる研究。無駄話から生まれる発想。……これらは、既存の生産性指標で測れば、非効率そのものといえるものだ。しかし、その非効率こそが、将来の価値を生み出す可能性を持っているわけだ。

日本企業は長年、この二つを区別せずに、無駄をなくそうとしてきたのではないだろうか。OECDの2026年報告も、日本の生産性上昇が主として既存企業・既存産業の内部改善によって支えられてきた一方、企業や産業の間で経営資源を移動させることによる生産性向上が小さかったと指摘している。

もちろん、効率化自体が悪いというつもりはない。効率化によって生まれた時間や資金を、新しい挑戦へと再投資できれば、むしろイノベーションの原動力になる。

問題は、効率化によって生まれた余力を、さらなる効率化にのみ使い続けてしまったことだ。 
 

|ノーベル賞が教えてくれる「非効率」の価値

このことは、ノーベル物理学賞や化学賞の受賞研究を振り返ると、よくわかる。

例えば、2014年のノーベル物理学賞を受賞した赤崎勇氏、天野浩氏、中村修二氏による青色LEDの開発。青色LEDは長年実現が難しいとされてきた技術だったが、研究者たちの粘り強い挑戦が、今日の省エネルギー照明の普及へとつながった。

2020年のノーベル化学賞を受賞したゲノム編集技術「CRISPR/Cas9」も象徴的だ。もともとは、細菌がウイルスから身を守る仕組みに関する研究だった。それが、生命の設計図ともいえるDNAを編集する画期的な技術へと発展したわけだ。

さらに、2025年のノーベル化学賞を受賞した北川進氏らによる「金属有機構造体(MOF)」の研究。1990年代から2000年代初頭にかけて積み重ねられた成果が、今日では二酸化炭素の回収や水の確保など、さまざまな社会課題の解決に役立つ技術として期待されている。

いずれも、長期にわたる研究の積み重ねが、後に大きな価値へとつながった事例だ。

もちろん、青色LEDのような実用化を目指す技術開発と、CRISPRの源流にあるような基礎研究は性質が異なる。しかし、共通しているのは、研究を始めた時点では、将来どれほど大きな価値を生むかを正確に予測することなどできなかったということだ。

仮に、短期的な採算性だけで研究を評価し、成果の見えないものを次々と切り捨てていたら、こうしたイノベーションは生まれなかっただろう。

そして、ここで気になるデータがある。

文部科学省の『令和4年版 科学技術・イノベーション白書』によると、日本の大学等の教員が職務時間のうち研究活動に充てる割合は、2002年度の46.5%から2018年度には32.9%へと、13.6ポイント減少している。さらに、年間の研究活動時間そのものも、2002年度と比較して約65%にまで減少している。

教育活動や社会サービス活動の増加など、背景には複数の要因があるだろうが、少なくとも研究者が研究に充てられる時間が大きく失われてきたことは事実だ。先ほどの「優秀な社員に仕事を集中させ、考える時間を奪う」という話と、よく似ている。

企業では、優秀な社員に目前の業務を集中させ、新事業を考える時間を奪う。大学では、優秀な研究者に事務処理や運営を追わせ、本質的な研究時間を奪う。

もちろん、両者を単純に同一視することはできないが、共通しているのは、目の前の仕事をこなすことが優先され、未来の価値を生み出すための時間が圧迫されているという構造だ。

そもそも、基礎研究は短期的に利益を生むことを目的としたものではない。何十年もの研究を経て、初めてその価値が明らかになることもある。あるいは、研究成果がまったく別の分野で、思いもよらない価値を生むこともある。逆にいえば、短期的に成果が出ないからといって基礎研究を疎かにし続ければ、長期的には新しい価値を生み出す可能性そのものを失いかねない。

短期的には非効率に見えるものが、長期的には最大の価値を生む。

イノベーションとは、そういう性質を持っているものなのだ。 
 

|「効率化」が長期的には一番非効率、という皮肉

日本経済の停滞には、少子高齢化、需要不足、デフレ、為替、設備投資の停滞など、多くの原因があるだろう。よって、効率化への偏重だけを最大の原因と断定することはできない。

しかし、既存のマクロ経済分析とは異なる視点を、今持つ必要があるように考えている。

「日本の長期停滞は、人的資本の使い方を誤った結果ではないか」という仮説。つまり、「日本企業は、優秀な人材の能力を最大限に活用することには成功したが、その人材が新しい能力や価値を生み出す可能性を最大限に引き出すことには失敗した」という問題提起だ。これは、HRや経営学の視点から検証する価値があるように思っている。

例えば、有能な社員への業務集中度、自由裁量時間、学習・実験時間、離職率、新規事業売上比率などを組み合わせ、企業間で比較するといった方法が考えられるだろう。

これらの指標を調べることで、企業が短期的な効率を追求することと、長期的な成長力を高めることの間に、どのような関係があるのかが見えてくるかもしれない。

昨今の日本経済の停滞を見て、私はこう思えて仕方ない。

「日本は、優秀な人間を働かせすぎた結果、優秀な人間が新しいことを考えられない国になったのではないか。」

そして、この問題は生成AI時代において、ますます重要になると考えている。AIを導入して仕事が速く終わるようになっても、その分だけ社員に仕事を追加するなら、同じ失敗を繰り返すことになるだろう。

逆に、AIによって生まれた時間を、人間が考え、学び、挑戦することに使えるなら、これまでの構造を転換できるかもしれない。今、日本に必要なのは、さらなる効率化ではなく、効率化によって生まれた余力を何に使うのかという、根本的な発想の転換なのだ。

「短期的な非効率を許容できない社会は、長期的には最も非効率な社会になる。」

GDP世界6位への転落というニュースは、そんな皮肉を私たちに突きつけているように思えてならない。

藤本英樹(BBDF)

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