AIと哲学と寅さん【第5回】

雇用を超えて生きる。寅さんとDAO社会の意外な共通点

· Insights,Business

「どこにも属さない働き方」は可能か?

これまでの回で、「働かない権利」や「リゾーム的経済」、そして「足るを知る」という生き方をめぐって考察を重ねてきました。ではいよいよ現実的な問いとして

「寅さんのように、組織に属さず、肩書も持たず、しかし“つながり”の中で生きていくことは可能なのか?」

という問題に向き合ってみたいと思います。

答えは、意外にも技術の最先端にあります。それが、DAO(分散型自律組織)です。

DAOとは何か?企業を“持たない”経済のかたち

DAO(Decentralized Autonomous Organization)とは、ブロックチェーン技術を活用し、特定の社長や本社といった“中央”を持たずに運営される組織のことです。

特徴は以下の通りです。

  • 中央管理者がいない(誰かに雇われることが前提ではない)
  • スマートコントラクトにより、報酬の分配や意思決定が自動化されている
  • 世界中どこからでも接続・参加が可能

DAOでは、ひとつの企業に“就職”するのではなく、プロジェクト単位でつながる・貢献する・報酬を受け取るというスタイルが基本になります。

言い換えれば、「属する」から「接続する」へ。

これはまさに、ドゥルーズ=ガタリの語るリゾーム的な働き方そのものです。

価値の創出者に報酬を還元する、新しい仕組み

DAOの仕組みや寅さん的自由の延長線上に、もう一つ注目すべき考え方があります。それは、「価値を生み出した人に、あとからでも継続的に利益を還元する仕組み」を制度としてつくることです。

この考え方を、すでにアートの世界で実現しようとしているのが、スタートバーン株式会社の施井泰平代表です。

施井氏は、アーティストの創作活動に対して“二次流通(再販)以降にも継続的に還元される仕組み”を技術的・法的に制度化し、日米で特許を取得しています。つまり、「最初に描いた人」が、何年後にその作品が売れようと、その都度一定の報酬を受け取れるという考え方です。

この仕組みは、労働全体に対しても応用できるかもしれません。

  • 誰かのアイデアが、数年後に何かのプロジェクトに再利用されたとき
  • 過去の貢献が、他者の成果に影響を与えたとき
  • 小さな活動が、ネットワークの中で価値化されたとき

これまでは“偶然”や“善意”に委ねられていた還元を、テクノロジーによって透明かつ自動的に行えるようにする。これはまさに、リゾーム的に拡張された価値が、それを支えたすべての根茎にフィードバックされていく世界です。

NFTは“労働”を再定義する鍵になるか?

また近年注目されているNFT(Non-Fungible Token:非代替性トークン)も、同様の可能性を秘めています。

NFTとは、ブロックチェーン上で発行される唯一無二のデジタル証明書のようなもので、ある作品やコンテンツ、発言、貢献などに“この人がつくった”という由来と価値を記録することができます。

仮に、労働の成果やアイデア、コード、文章、教育コンテンツなどがNFT化されれば、それがどこで使われても「この人の貢献である」と証明され、その都度、自動的に“ロイヤリティ”のような形で報酬が発生する仕組みを構築できます。

これはまさに、「働き方を“売り切り”ではなく“接続と循環”に変える」動きであり、企業の枠組みを超えたリゾーム型の労働・報酬設計といえるでしょう。

こうしたテクノロジーは、単なる効率化の手段ではありません。むしろ、「寅さんのように属さずに貢献する」という生き方を、構造的に支えるための道具として再解釈できるのです。

寅さんをDAOで読み解く:リゾーム型の自由と貢献

DAOにおいて重要なのは、「どれだけ働いたか」よりも「どれだけ接続し、どれだけ貢献したか」。

寅さんがふらっと現れて誰かを助けたとき、その行動が「価値」として記録され、後からでも正当に報われるような仕組みがあれば、もう“企業に属する”必要はないのです。

テクノロジーによって、寅さんの生き方はただの美談ではなく、「新しい経済の原型」になろうとしています。

雇用モデルの終焉?なぜ「属さない」が現実味を帯びてきたのか

このような変化が現実味を帯びてきた背景には、いくつかの時代的条件があります。

① AIの進化と雇用の再定義

単純労働、定型業務、意思決定補助の多くをAIが担うようになり、人間の“役割”が曖昧化している。

② 働く場所・時間・契約形態の流動化

リモートワーク、副業、フリーランス、クラウドワーク、スポットワークなど、「常勤・正社員」が特権的ではなくなりつつある。

③ つながりによる価値創出へのシフト

SNSやコミュニティ経済の中で、「この人と何かしたい」「一緒に価値をつくりたい」という共感ベースのプロジェクトが主流になっている。

こうした流れは、企業という“安定的雇用の装置”の役割を徐々に弱体化させています。

寅さん的自由をテクノロジーが支える時代へ

これまで、寅さんのような生き方は「例外」であり、「現代社会では成り立たない」とされてきました。

けれどDAOのような構造が広がれば、“どこにも属さず、でもつながって働く”というスタイルは例外ではなく“選択肢の一つ”としてリアルになっていくでしょう。

寅さん的自由は、もはやノスタルジーではなく、「もう一つの近未来モデル」として立ち現れつつあるのです。

【次回(最終回)予告】
自由人のすすめ。どこにも属さず、すべてとつながる生き方

いよいよ次回は最終回です。

ドゥルーズ&ガタリ、ケインズ、アーレント、バタイユ、そして寅さん。この5人の思想家たちと1人の自由人が示してきた、“AI時代における人間らしい自由”のかたちを総括します。

テーマは「自由」。でもそれは、「何でもできる」ことではありません。どこにも属さず、すべてとつながる。それこそが、リゾーム的自由人の本質なのです。

BBDF 藤本