「地球の覇者」が交代する日

46億年の地球史からAI問題を考える

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我々人類(ホモ・サピエンス)が地球上に登場したのは、およそ30万年前とされている。

最初から人類が「地球の覇者」だったわけではない。長い間、人間は他の動物と同じように、食料を探し、捕食者から逃れ、環境の変化に翻弄されながら生きていた。

しかし、言葉を使い、道具を作り、火を操り、農耕を始め、都市を築き、科学を発展させることで、状況が変わった。

人間が、地球上の他の生物とはまったく異なる力を持つようになったのだ。

山を削り、川の流れを変えた。 海を越え、空を飛び、宇宙にまで行くようになった。 原子を分裂させ、恐ろしい兵器を作った。 地球全体の環境に大きな影響を与えるようになった。

少なくとも「知性」という意味で、人類の王座を脅かす存在はいなくなった。

——AIが登場するまでは。

地球では、何度も「主役」が交代している

もっとも、46億年という地球の歴史から考えれば、圧倒的な存在が現れ、環境が変わり、それまで繁栄していた存在がその地位を失うこと自体は、それほど珍しいことではない。

そもそも、人類の30万年という歴史など、46億年という地球のそれに比べれば、およそ1万5千分の1にすぎない。

その人類の登場以前に、地球では何度も巨大な「転換」が起きている。

○ 約24億年前の「大酸化イベント」

微生物の活動などにより、それまでごくわずかだった大気中の酸素が増加し、地球環境そのものを大きく変えた。酸素を利用できない生物にとって、酸素は危険な物質だった。生命が環境を変え、その変化が生命のあり方をさらに変えていった。

○ 約5億4000万年前の「カンブリア爆発」

それまでにも動物は存在していたが、この時期に動物の多様化が急速に進んだ。その原因を一つに決めることはできないが、「目」の進化によって捕食者と被食者の競争が激化し、生態系の変化を加速させた可能性が指摘されている。「見る」という新しい能力が、世界のルールを変えたのだ。

○ そして、約6600万年前の「巨大隕石衝突」

これをきっかけとして、非鳥類型恐竜が絶滅した。恐竜が占めていた生態的な空間が空いたことは、その後の哺乳類の多様化を促す大きな要因となった。

私たち人類が登場したのは、それらのはるか後だが、もし恐竜の時代がそのまま続いていたら、人類は存在していなかったかもしれない。

——このように、地球の歴史とは、ある意味「主役交代」の歴史と言える。何も「今回」に限った話ではないのだ。

しかし、今回は「何か」がおかしい

現在。AIの進化によって、私たちは再び巨大な転換点に立っている。

ただし、過去の転換とは決定的に違うことがある。転換のきっかけが、隕石でも、火山でも、気候変動でも、突然変異でもなく、

「人類自身が作ったAI」という存在である、という点だ。

地球上で最も高度な汎用的知性を持つようになった人類が、自らの知識を投入し、自らコードを書き、自ら計算資源を与え、自らより高度になり得る知的システムを作った——。

これはかなり奇妙な出来事だ。地球史を46億年まで引いて眺めれば、なおさら奇妙に見える。

「王」が、自分の「次の王」になるかもしれない存在を、自分で作ってしまったのだ。

少なくとも、これまでの地球史で繰り返されてきた「主役交代」とは、明らかに性質が違う。哺乳類は、恐竜によって設計された存在ではなかった。

今回は、進化の速度もおかしい

さらに重要なのは、その速度だ。

これまでの生命進化の基本的な仕組みは、遺伝・変異・自然選択だった。DNAの変化が世代を超えて受け継がれ、大きな変化が生まれるまでには、長い時間がかかる。

しかし人類は、途中から別の方法を手に入れた。

言葉だ。

さらに文字を発明することで、知識を自分の脳の外に保存できるようになった。 印刷技術によって、それを大量に複製できるようになった。 コンピューターによって、それを高速に処理できるようになった。 インターネットによって、それを地球規模で共有できるようになった。 そしてAIによって、その膨大な知識を処理し、新しい出力を生み出すシステムまで作った。

ここで、何かが大きく変わった。

進化の中心が「肉体」から「情報」へ移り始めたのだ。

生物としての人間の脳が、数年で2倍、10倍になることはない。人間の寿命が来年突然10倍になることもない。

しかし、AIの能力は生物の世代交代とはまったく違う時間軸で変化している。

何万年、何百万年という時間を必要とする生物進化とは異なる速度で、「知性らしきもの」が更新されるようになったのだ。

生命から知性が離れていく?

これまで地球上の知性は、生命と切り離せるものではなかった。

考えるためには脳が必要であり、脳を維持するためには身体が必要であり、身体を維持するためには食料が必要だった。そして身体は老化し、いつか死ぬ。つまり、知性はずっと「生物」という器の中に閉じ込められたものだった。

ところがAIは違う。

もちろん、現在のAIを「生命」と呼ぶことはできない。人間と同じ意味で「考えている」と断定することもできない。

しかし少なくとも、情報を処理し、推論し、文章を書き、画像を作り、プログラムを書き、人間の知的活動の一部を代替するシステムが、生物の脳の外側に存在するようになった。

これが意味するものは何か。

生命そのものが有機物から無機物へ移行しているのだろうか。それとも、「知性」だけが、生物という器から独立し始めているのだろうか。

答えは、まだない。

そもそも、人類は「覇者」だったのか?

ここまで「地球の覇者」という言葉を使ってきた。しかし、そもそもこの考え方自体が、人間中心的なのかもしれない。

シアノバクテリアの祖先は地球の大気を変え、植物は地上環境を変え、微生物はいまも地球規模の物質循環を支えている。人間だけが地球を動かしてきたわけではない。

それでも、人類がほぼ独占してきたものが一つある。

地球そのものを理解し、自分たちの未来を意識的に設計しようとする「知性」だ。

私たちは地球の年齢を調べ、生命の歴史を調べ、宇宙の起源を考えた。そして、自分たち自身がどこから来たのかまで調べ始めた。

46億年の地球史の中で、地球自身の歴史を振り返ることのできる知的存在が、人間だったのだ。

しかし今、その知性の独占が終わる可能性が高まっている。

「地球の覇者」が交代する日

AIが人間を超えるのか。いつ超えるのか。そもそも「超える」とは何を意味するのか。

まだ分からない。

AIが人類を滅ぼす未来も決まっていない。 AIと人間が共存する未来も決まっていない。人間とAIの境界そのものが曖昧になっていく可能性だってあるだろう。だから、未来を一つに決めつける必要はない。

ただ、一つだけ確かなことがある。

私たちは、とんでもない時代に生きている。

もし人間を幅広い知的能力で上回るAIが誕生するなら、その意味は産業革命やインターネット革命よりも、はるかに大きいものだ。

なぜなら、人類より高度な汎用的知性の出現は、人類史においてまだ一度も経験したことがないことであり、後にも先にも一度しかないことだからだ。

もっと時間軸を広げて考える必要があるのかもしれない。

私たちは単に、「AIが普及する時代」に生きているのではない。46億年続いてきた地球史の中で、知性のあり方そのものが変わる瞬間に居合わせているのだ。

そう考えると、問いの内容も変わってくる。

「AIは人間の仕事を奪うのか」「AIは人間より賢くなるのか」といった問いだけでは、もはや、意味をなさない。

人類は、自分たちが作り出した新しい知性に、何を渡すのか。 地球の未来を委ねるのか。 人間の意思決定を委ねるのか。 それとも、どこかに境界線を引くのか。

そして——

何だけは、絶対に渡してはいけないのか。

恐竜には、次の時代を選ぶことはできなかった。 隕石が落ちてくるのを止めることもできなかった。しかし、今回だけは違う。

転換点を作っているのは、私たち自身だからだ。

「地球の覇者」が交代するとしても、王座の降り方には、まだ選択の余地がある。

46億年の地球史上、おそらく初めて、「主役交代」の当事者が、その先の未来を考えることができる。

私たちは今、そんな場所に立っている。

藤本英樹(BBDF)